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10数年ほど前、世の中ファミリーキャンプブームだった。 あだむす家もご多分に漏れずキャンプを始めようと計画する。 とにかく自他共に認めるミーハー家族なのだ。 「任せておけ、オヤジは昔ボーイスカウトに入ってたんだぞ。」 と言いつつ、通勤電車で「ビーパル」や「アウトドア」誌を読みあさる。 コールマン、小川テント、モンベルなんていうブランドも初耳だった。 分かった事は、キャンプ道具類があまりにも進化していること。 そして道具類をそろえるのに大金がかかること。 こりゃ面白そうだと思ったが、先立つものが…。 悩んだけれど、思い切ってアウトドアショップに飛び込む。 気がつくとクレジットカードの請求書と引き換えにキャンプ道具一式が揃っていた。 ![]() キャンプ場に行って、テントを張って、料理を作って、焚き火して。 最初はそれだけで十分満足だった。 昼は木陰にハンモックを吊してお昼寝。 夜、燃えさかる焚き火の炎を見ながら、チビチビと酒を飲む。 私としては至福の時であり、ものすごく贅沢な気分を味わえた。 しかしキャンプの回数を重ねるごとに何か物足りなさを感じるようになる。 料理を作る以外、楽しみが無かったのだ。 スケッチやナイフカービングも試してみたが、夢中になるほどでもない。 さて他にキャンプをしながら楽しめるものはないものか。 いろいろ考えた。 結局最後に手にしたものは‥‥ 一本の渓流竿だった。 フライ依存症、序章のスタートである。 釣りは、子供の頃のハヤ釣りの経験があった。 何とかなるのではないかと軽い気持ちで始めたのだ。 釣りを始めてからと言うもの、キャンプ場選びは渓流沿いが必須条件となった。 キャンプの合間のわずかな時間の釣りだったが、意外と良く釣れたものだ。 もちろんC&Rのなど知る由もなく、すべてCATCH&KEEP&EATである。 道志川、伊豆の渓、冨士川支流、飛弾川の源流… 釣った魚を焚き火や炭で焼き、自然の恵みに感謝しつつ舌鼓を打った。 「イワナやヤマメって美味しいねぇ」と家族はみんな大喜び。 そんな楽しい体験を繰り返すうちに、徐々に釣りの魔力にとりつかれて行く。 そして興味の中心が次第にキャンプから釣りへと変化し、 気がつけば解禁当初から渓流に出かけるようになっていた。 その頃時を同じくして、一緒にキャンプを楽しんでいた友人から、 フライフィッシングのタックルとキャスティングを見せてもらった。 当時テンカラすら知らない私は、こんな変わった釣り方で魚が釣れるのかと 疑問を抱き、フライフィッシングを始めてみようという気持ちは起こらなかった。 しかし今考えると、これがフライフィッシングとの運命の出会いであったのだ。 ある日、釣り仲間と渓流へキャンプに出かけた。 河原でのんびりと釣り糸を垂れていると、下流から2人のフライマンが近づいて来た。 彼らは礼儀正しく挨拶をしながら、我々をパスをしていった。 テンポ良くフライをキャスティングしながら、楽しそうに釣り上がって行く。 それを何気なく目で追った私は、 一瞬身体が固まったような言いようのない衝撃を覚えた。 彼らのいでたちの強烈なカッコ良さに圧倒されたのだ。 我々はTシャツに短パン。 タオルを首に巻き、まさにダサいオヤジそのもの。 それに対して、彼らは真新しい(そう見えた)ウエーダーと フィッシングベストに身を包み、横文字のマークの付いた ベースボールキャップを目深に被って、偏光グラスがキラリと光っていた。 さらに何やら訳の分からないものをベストに沢山ぶら下げている。 その姿は眩しいくらい鮮烈で、まるで宇宙人のような印象すら受けたのだった。 今もその衝撃的なシーンは脳裏から離れない。 そして私は強く確信する。 これだ!これこそ私が求めていたアウトドア派の遊びだと。 この時、まさにフライ依存症の第一歩が踏み出された瞬間だった。 ![]() フライフィッシングのカッコ良さに魅せられた日、 さらにフライを始める契機となったもうひとつの出来事が起こった。 それはキャンプ仲間と、夕暮れ前に小さなプールで釣りを楽しんでいる時だった。 辺りが暗くなるにつれ、ポツリポツリとライズが起こり始めた。 そしてみるみるうちにプール一面に広がり、雨のようなライズとなったのだ。 我々には初めての経験で、何が起こったのか良く分からなかった。 分かった事は、魚達がそれまで反応していた餌には見向きもしなくなった事だけ。 今にして思えばまさに垂涎の時なのだが、我々は餌釣りのタックルを抱えて、 何もできずに茫然と立ち尽すだけだった。 それがイブニングライズといって、魚達が水面を流れる 大量の水生昆虫に反応していたという事を知ったのは しばらく経ってからのことだった。そしてフライなら釣れる事も… そうなると居ても立ってもいられない性格である。 フライフィッシングを絶対に始めてみたいという欲望がふつふつと沸き上がった。 一緒にキャンプに行った仲間も同じようにフライを始めたいという。 とうとう私は仲間2人を巻き込み、一緒にフライタックル一式を購入することにしたのだった。 1994年の初夏の出来事であった。 フライタックルを買おうと約束したまでは良いが、こだわり派の2人に対して、 私は全く道具やスタイルにこだわらないタイプだった。 小遣いに制限があった事ももちろん一因だが。 ブランド志向の1人は、帽子からからウエーディングシューズに至るまで L.L−Beanで極めていた。 またもう一人はベースボールキャップではなく、ハットタイプの帽子を選んだ。 二人とも、恐るべしである。 私といえば、タックルは上州屋で一番安いセットをさらにバーゲン品で購入。 ウエーダーも靴の先が地下足袋のように二つに分かれた廉価品。3000円也。 ベストは1500円。あとは小物少々。せいぜい1万数千円で上がった。 本人は安上がりで大満足なのだが、何がカッコ良さに引かれて…であろうか。 どう見ても、フライマンという雰囲気からはほど遠いものであった。 これもご愛嬌である。 フライタックルは手に入れたものの、フライの投げ方が良く分からない。 さっそくフライの入門書を買ってきた。 うーむ、本を読んでキャスティングを頭の中で思い浮かべてみるが、 いまいちイメージが湧かない。 当然だ。本を読んだくらいで上達できれば苦労はない。 しまいには頭が痛くなった。 はたして本当にフライを飛ばせるかどうか不安がつのる。 恥ずかしいので暗くなるのを待ち、近くの公園でキャストの練習をする。 当然ながら、思うようにラインがターンしない。 なにかバチバチと音がする。どうもラインが後ろの地面を叩いているようだ。 もっと脇を締めて… 手首は返さず… ブツブツ言いながら、暗い公園でロッドを振り続ける。 知らない人が見たら、きっと怖い光景だろう。 30分くらいたった頃だろうか。突然、飽きた。 ただロッドを振るだけでは、何となくつまらないのだ。 私には「努力」って一番苦手な言葉なんだよね。 (いかん、子供に読ませられない事を書いてしまった!) しかし、一生懸命練習しないところが私の生き方でもある。(間違ってるぞ〜) まあ川に行ったら何とかなるだろう。 持ち前のプラス思考とお気楽さで即実践へ。 根本的にいい加減な性格のである。 タックルが揃ったら釣りに行きたくなるのは人情である。 どこへ行こうか仲間と相談する。楽しい時間だ。 結局、フライの入門書で紹介されていた管理釣り場へ行くことにする。 リヴァスポット早戸。名前から想像すると、きっとすごい施設なんだろうと心ときめく。 出来すぎた偶然だが、前夜テレビでリヴァスポット早戸の紹介をしていた。 確か上州屋提供の千夜釣行という釣り番組だった。 女性レポーターがフライフィッシングに初挑戦という設定。 コーチ役は今は亡き西山徹氏である。 (余談だが、西山氏はお住まいがご近所だった。冥福をお祈りします) カメラが水中の魚をとらえる。信じられないような数の魚が泳いでいる。 え〜。こんなに入ってるのか。見ているだけで気合いが入り、わくわくする。 レポーター女史は何匹か合わせ切れしたあと、ニジマスを釣り上げて大騒ぎ。 ふむ、これなら私にも釣れるぞと自信が湧いてくる。 そして翌朝、釣り場に着いて驚いた。 本当にゴチャッと魚がひしめいているのだ。 これなら私にも釣れそうだとひと安心。(甘い!) フライはタックルセットに付属していた派手なカラーの大きめのもの数本。 それに上州屋で適当に買い足したドライフライ数本。 実はその時までフライの種類も良く知らなかったのだ。 ウェットフライも浮くものと思っていたくらいだから。 先が思いやられる。 ![]() いよいよフライフィッシングの実釣初体験である。 魚の居そうな場所を選び、適当なスペースを見つけて入ることにする。 緊張しながらの初キャスティング。えいっ! アレ?思い通りにフライが飛ばない。 フラフラと足下1〜2メートルのところに落ちる。惨めである。 何度やっても同じだ。やっぱり練習不足は否めない。 しばらく超ショートキャストを繰り返しているうちに、フライが見あたらなくなった。 おや、どこに行ったんだろうとロッドを持ち上げてみる。 するとブルブルッと魚の感触が手に伝わる。 なんと、ニジマスが釣れているのだ。 記念すべきフライでの初釣果は、秘技「向こうあわせ」だった。 フライが知らないうちに沈んでいたらしく、それを魚がくわえたようだ。 何ともお粗末な…。 気を取り直して、再度キャスティング。 2〜3度ロッドを振ると再びフライが消えた。 今度は本当にフライが付いてない。 ティペットの結び目からフライが切れて無くなっていたのだ。 どうしても後ろの地面を叩いてしまうのである。 この日は数度となく同じ事を繰り返し、フライがあっという間に底をつく。 まいったな〜。自然とため息が出る。 また、隣りで釣りをしていた青年がすごかった。 お笑いフィッシングを演じている私の横で、ガンガン魚を釣りあげているのだ。 ロールキャストでビシッと20メートル以上のポイントに正確にフライ を打ち込んでいく。多分高番手のロッドなのだろう。 変わったキャスティングだなぁと思いつつ眺めていると、 ワンキャスト・ワンヒットで爆釣状態。 実力の違いをまざまざと見せつけられて、意気消沈する。 こんな状況で、リヴァスポット早戸での初釣行は終了した。 結局、秘技や裏技を駆使して10尾ほどのニジマスは釣れた。すごいぞ! 何はともあれ、結果オーライである。 しかし、さすがの私も、自分のあまりの下手さにちょっと自己嫌悪。 こりゃ少しは練習せにゃあかんと反省する。 それと、こんなにフライが無くなるのなら、お金がいくらあっても足りない。 それなら自分でタイイングした方が安上がりかも知れないとつくづく感じたのだ。 依存症がさらに進んでいく。 フライフィッシング初体験のあと、真剣にタイイングを始めようと心に決める。 理由は単純。自分で巻いた方が安上がりだと考えたからだ。 何とか小遣いから費用を捻出し、一番安いタイイングセットを購入する。 よく見るとインド製だ。明らかに廉価版という雰囲気を醸し出している。 そしてフライタイイングの入門書も同時に買ってくる。 全くのマニュアル人間なのである。 それからというもの、羽やら毛やらとの格闘の日々が続く。 今から考えるとフライの出来映えは、笑っちゃうほどお粗末なものだった。 一番始めに巻いたのは、エルクヘアカディス。1本巻くのに30分以上を費やした。 う〜ん、どう見てもカディスにはほど遠い仕上がりである。 はたしてこんなので魚を騙せるのだろうか。 しかし自分で巻いた毛鉤に魚が飛びつく場面を想像すると楽くなり、 次第にタイイングにのめり込んでいく。 最初に買ったセットには基本的なマテリアル(材料)しか入っていない。 だから作れるフライに限りがある。 違うパターンを巻こうとすると、たいがい肝心なマテリアルが足りないのだ。 仕方なくちょこちょことマテリアルを買い足していくのだが、決して安くはない。 気が付くと、セットの価格の倍以上のツールやマテリアルを買い込んでいた。 悲しいかな、小遣いも羽が生えたように飛んでいく。 これはきっと誰かの陰謀だ。フライ依存症患者を食い物にしている奴がいるんだ! …と嘆いてみても、あとの祭りである。 ![]() しかし、日が経つにつれ少しづつ上達していくのが自分でも分かった。 楽しくて休みの日はタイイングに没頭した。 日に日にフライボックスが自作のフライで埋まっていく。 そのフライを眺めながら、ニヤつく。 さて、どこでこのフライ達をを試そうか… 自分で巻いたフライで早く魚を釣ってみたいという欲望が、日に日につのる。 ある日、我慢出来ずに仲間を誘った。 釣行先は無謀にも一般河川。ターゲットはヤマメだ。 今考えると、身の程知らずもいいところである。 清流の中をヤマメは優雅に泳いでいる。 しかし私のフライには見向きもしてくれない。 結果は言うまでもなく、みごとに撃沈。 世の中そんなに甘くはない。 しかし、しかしである。そこで奇跡は起こった。 さんざんヤマメに弄ばれ、やや気落ちしながらパラシュートフライを流 れに漂わせてると、下から元気のいい魚が急上昇してくるのが見えた。 アッと思った瞬間、魚はは私のフライをガッチリとくわえて飛び跳ねた。 心臓がドキドキするのが自分でも分かる。 無我夢中でロッドを上げると、15cmばかりの小さなウグイが 糸の先でピチピチとはねていた。 ウグイといえども、一般河川でのフライフィッシング初釣果である。 うわーという心の叫びと共に、全身の毛が逆立つようなたまらない感覚を味わった。 その時の狼狽と感動は、未だに忘れる事はできない。 初めてのフライ釣行でウグイが釣れた。 ゾクゾクするようなフライフィッシングの醍醐味を味わった。 徐々にフライフィッシングの魅力にとりつかれていく。 しかしその時点においては、まだ餌釣りの竿を手放せなかった。 釣りに行ったら魚を持って帰り、美味しく食べたいのである。 塩焼きに骨酒…。渓流魚は美味しいのである〜♪ 考えただけでも涎がでてくる。 だから釣果が無ければお話しにならないのだ。 だが私のフライの腕前では、確実に魚を持って帰ることはできない。 まずフライで試し釣りをして、釣れなければ餌釣りに変更するのだ。 そんな中途半端な釣行がしばらく続いた。 まさに、なんちゃってフライマンである。 フライで釣れればラッキー、そんな感じだった。 フライへ意識がその程度のものでしかなかったのだ。 しかし仲間の1人は違った。 フライに目覚めてからというもの、フライ一本宣言をしていた。 管理釣り場にも密かに通い続けていたようだ。 私よりも先に依存症が進行していたのだった。 さらに憎いことに彼は元々釣った魚は食べない主義であった。純正C&R派だ。 そんな彼に、私は「魚は食べてやらにゃあかん!」などと説教を垂れていた。 その当時は本気でそう思っていたのだ。 今考えると恥ずかしい限りである。 後年自分もC&R派になることなど夢にも知らず… 翌年、釣り仲間4人で北海道へ釣りに出かけた。 全員がビギナー。 北海道には無邪気な魚がいっぱいいて、誰でも釣れるだろうと高をくくっていたのだ。 どっちが無邪気か?である。 乏しい情報を頼りにレンタカーでT川へ直行し、皆で竿を出した。 もちろん二刀流の私も、先ずはフライで挑戦することにする。 しかし、思うようには釣れてくれない。 当たり前だ。なんちゃってフライマンなのだから。 ところが、ふと横を見るとフライ一本宣言した仲間のロッドがしなっている。 しかも「また来たぞ〜♪」などとこれ見よがしにアピールしているのだ ク〜。羨ましいこと、この上ない。 えっ、何でそんなに簡単に釣っちゃうの? 答えは単純。彼のほうが上手かったのだ。 管理釣り場での特訓の成果がでたのである。 結果として北海道釣行では、私も数尾のヤマメを手にできた。 フライで釣れた初のヤマメであった。 (それまではニジマスとウグイしか釣れていない) 本当に嬉しかった。感動的でもあった。 しかし、心の中にちょっぴり悔しさが芽生えた。 フライの腕では明らかに仲間に差をつけられたからだ。 そしてその時に私のライバル心に火がついた。 これではいかん!もっと真剣にフライフィッシングに取り組まねばと。 北海道釣行から戻ると、私は餌釣り用の竿を封印した。 フライに専念しようと心に誓ったのである。 特訓のために管理釣り場にも通うようになった。 釣果が徐々に上がってくるに従い、フライ熱もさらに高まっていった。 釣りのシーズンが始まるともちろん渓流にも出かけた。 所詮チビヤマメやハヤが相手だったが、それでも十分楽しめた。 さらにキープ派からC&R派へ転向もした。 楽しみが「食べる」ことから「釣る」ことへ変化したのだ。 ![]() それから何年が過ぎただろうか。 気が付くと私の生活はフライフィッシングにドップリ浸かっていた。 頭の中からフライのことが片時も離れない。 何を見ても、何を聞いてもフライに関連づけてしまう。 まさにフライ依存症の末期的症状である。 そしてこのHPを立ち上げた。 たくさんの方々とネットを通じて知り合ったが、なんとフライ依存症患者の多いことか。 驚くと同時に、無性に嬉しくなった。 きっとこの病気は死ぬまで治らないだろう。 いや、治らないと言うより治したくないと言った方が良いかもしれない。 フライフィッシングに巡り会えたおかげで、こんなにも充実した日々が 送れるのだから。 これからもずっとロッドを振り続けるとしよう。 年老いて渓に立てなくなるまで…。 |
2003.1.24