<2008/7/16 誤字修正、情報追加>
 1985年に公開された映画「バック・トゥ・ザ・フューチャー」で,発明家ドクがタイムマシンに改造した愛車「デロリアン」。ストーリーのなかでも「改造した」と言っているように,この車は市販車として実在している。

 デロリアンの生みの親は,ゼネラルモータース(GMC)の元副社長であるジョン・Z(ザッカリー)・デローリアン氏である。彼は「自分の理想の車」を作るため,GMCを辞任後,1975年,ニューヨークにデロリアンモーターカンパニー(DMC)を設立した。
 工場は北アイルランドのダンマリーに61000平方mの工場を建設。イギリスの政府の支援によって9億円で立てられた。また,会社のためのテストコースも用意した。
 ボディには強化プラスチック(FRP)を使用、これを無塗装のステンレス・スチールで覆った。エンジンはPRV(プジョー・ルノー・ボルボ)共同開発のV6型SOHCをリアにマウント。シャーシはロータス社のX字型を採用。そしてカーデザインはイタリアの鬼才デザイナー・ジウジアーロ(イタルデザイン所属)の手によるものである。そして1981年,ついに完成したのが正式名称『DMC−12』,通称デロリアンである。
 デロリアンは順調に売れ,生産1周年記念のモデルとしてゴールドボディのデロリアンが2台作られた。2,3年後には4ドアガルウィングタイプ(DMC-24)や4WDタイプ、大型のバスも開発されつつあった。 しかし,デロリアンの完成度の低さとトラブルの多さから,DMCは徐々にその地位を下げていく。
 その後,イギリス政府からの資金援助は途絶え,ジョン・Z・デロリアン氏が麻薬容疑で逮捕されたのを期に,DMCは1982年12月24日,生産最後のモデルとしてゴールドボディのデロリアンをもう1台生産して工場は閉鎖,会社は倒産してしまうのである。

 1985年,ジョン・Z・デロリアン氏は無罪になり,ロバートゼメキス監督の映画「バック・トゥ・ザ・フューチャー」で登場したデロリアンは世界中に知られることとなった。「バック・トゥ・ザ・フューチャー」で監督はタイムマシンに,最初は冷蔵庫を使おうと思ったらしいが,子供が真似するとマズイので取りやめた。そのときデロリアンのガルウィングを見て「車をタイムマシンにする」という発想が浮かんだわけだ。

 私はジウジアーロのシンプルなデザインが好きである。左の写真の車はデロリアンと同時期に発売されたいすゞのピアッツァである(人物はジウジアーロ)。同じ時期にデザインされたのでデロリアンと形が似ている。ロータスエスプリも同じように似ており,テールランプは共有しているところがある。
 デザインに惚れてから車が好きになったのか,車が好きだからデザインに惚れたのか,今となってはわからないが,デロリアンのデザインはランボルギーニ・カウンタックなどのスーパーカーとはまた違った良さがあると自分は思っている。
2005年3月19日、ジョン・Z・デロリアン氏は心臓発作でこの世を去る。80歳だった。
デロリアン氏は破産後も安価で高性能なプラスチック素材のスポーツカー製作を模索していたという。

2007年8月、パーツ供給をしている新生DMCが、当時からの大量のストックパーツを利用し新車のデロリアンを再生産することを発表した。(ただしナンバーは取得不可)
また2012年からはEVの販売も行うことも発表しており、今後の活動が注目される。

自らの名を冠して唯一世に出ることができた車、デロリアン・DMC-12。彼の思想はステンレスボディのように朽ちることなく、これからも愛され続ける。