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デロリアンの生みの親は,ゼネラルモータース(GMC)の元副社長であるジョン・Z(ザッカリー)・デローリアン氏である。彼は「自分の理想の車」を作るため,GMCを辞任後,1975年,ニューヨークにデロリアンモーターカンパニー(DMC)を設立した。
工場は北アイルランドのダンマリーに61000平方mの工場を建設。イギリスの政府の支援によって9億円で立てられた。また,会社のためのテストコースも用意した。 |
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ボディには強化プラスチック(FRP)を使用、これを無塗装のステンレス・スチールで覆った。エンジンはPRV(プジョー・ルノー・ボルボ)共同開発のV6型SOHCをリアにマウント。シャーシはロータス社のX字型を採用。そしてカーデザインはイタリアの鬼才デザイナー・ジウジアーロ(イタルデザイン所属)の手によるものである。そして1981年,ついに完成したのが正式名称『DMC−12』,通称デロリアンである。 |
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デロリアンは順調に売れ,生産1周年記念のモデルとしてゴールドボディのデロリアンが2台作られた。2,3年後には4ドアガルウィングタイプ(DMC-24)や4WDタイプ、大型のバスも開発されつつあった。 しかし,デロリアンの完成度の低さとトラブルの多さから,DMCは徐々にその地位を下げていく。 |
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その後,イギリス政府からの資金援助は途絶え,ジョン・Z・デロリアン氏が麻薬容疑で逮捕されたのを期に,DMCは1982年12月24日,生産最後のモデルとしてゴールドボディのデロリアンをもう1台生産して工場は閉鎖,会社は倒産してしまうのである。 |