アメリカのイラク攻撃に反対します。

 

このページは3月21日付け東京新聞27、28面 「こちら特報部」の記事によっています。 東京新聞にサイト転載の可否を問い合わせ「商売目的などでないようでしたら 基本的に使用してくださって結構です。「東京新聞から」と一言記載していただくと 幸いで す」 と転載許可を受け掲載しています。
3/28付け朝日新聞にも大きく掲載されていたようです。

 

アメリカに暮らす13歳の中学生の声に共感しました

 下は、ことし3月初め、米国メーン州の反戦集会で13歳の女子中学生シャーロットさんが「イラクの子供たちはどうなるの?」と題して演説した内容です。

 わたし(このサイトの管理人・ちゃありいナカムラ)は、簡明な言葉と豊かな想像力で戦争に「NO」と語る シャーロットさんのスピーチに感銘を受けました。
 そして、 この記事を掲載した東京新聞によると「その主張は今、ネットで世界を駆けめぐり、感動を呼んでいる」とのこと。でも、私のところにはまだ届いていないではありませんか! そこで、新聞に書かれた彼女のメッセージを自分で打ち込み、新聞社の許可を得てWEBにアップしました。
 このホームページひとつで何が変わるわけではありませんが、戦争という名の人殺しに反対する気持ちを持ち続け、共有したい---それがアップの理由です。
 
 新聞によると、国連の仕事にたずさわる親とアフリカの国々に暮らした経験をもつシャーロットさんはふだんから時事問題に関心があり、イラクの子供たちの実情をインターネットで調べ、この原稿を書き上げたということです


 アメリカのイラク攻撃に反対する方、シャーロットさんと意を同じにする方、彼女の言葉に心を動かされた方は、このページのアドレス

http://www47.tok2.com/home/fam/nowar.html

をお友だちや同僚、親類、縁者のかたがたに教えてください。あるいは、戦争反対のサイトの書き込み欄で告知してください。

 ご自分のサイトに掲載したい方は東京(中日)新聞特報部まで問い合わせてみてください。 なお、このページはリンクフリー(連絡不要)です。サイトを運営なさっている方にはぜひリンクを張ってもらいたいです。


“What about the Iraqi Children ?”
イラクの子供たちはどうなるの?



 米国人がイラク攻撃を考えるとき、心に思い浮かべるのは軍服に身を包んだサダム・フセインの姿です。または銃を持ち、大きな黒い口ひげを生やした兵士、もしくはホテルのロビーの床に「犯罪者」という言葉を添えてはめ込まれたジョージ・
ブッシュ元米大統領のモザイク画です

 
 でも驚いてはいけません。イラクの人口2400万人のうち、半分以上が15歳以下の子供です。1200万人は私と同じ子供なのです。私は13歳になりますが、イラクの子供たちは私より少し大きいか、ずっと小さいか、女の子も入れば男の子もいます。髪も茶色だったり、赤毛だったり。しかし、みんな私と同じ子供なのです。

 ちょっと私を見て下さい。いいえ、じっくり見てください。皆さんがイラク攻撃を考えるとき、頭に思い浮かべなくちゃいけないのは、私の姿なのです。皆さんが殺そうとしているのは、この私なのですよ。

 運が良ければ、私は即死するでしょう。1991年2月16日、バグダッドの防空ごうでスマート爆弾がさく裂して、300人の子供が死んだように。猛烈な炎が襲いかかり、子供と母親たちの姿が壁に焦げつきました。今でも石壁に張り付いた黒い皮膚の小片をはぎとり、湾岸戦争勝利の記念品にすることができます。

 不運にも私はゆっくり死ぬかもしれません。14歳のアリ・ファイサルのように。彼は今、バグダッドの子供病院の「死の病棟」に入院中です。皆さんが湾岸戦争で使用した劣化ウラン弾でがんになったのです。

 私も生後18カ月のムスタファのように、苦痛の中で死んでいくかもしれません。サシチョウバエが媒介する寄生虫に心臓や脳などを食い破られるのです。ムスタファはわずか25ドル相当の薬があれば完治するのに、経済制裁で薬が全くないのです。

 いえ、私は死なないかもしれません。サルマン・モハメッドのように、見た目には何ともなくても、精神的障害を抱えて何年も生きるのです。彼は91年、皆さんがイラクを攻撃したとき、妹たちと生き延びましたが、そのときの恐怖が消えないのです。サルマンは、いまだに空襲警報の悪夢を見続けています。

 もしかすると、私はアリのように戦争孤児になるかもしれません。湾岸戦争で父親が殺されたとき、アリは3歳でした。彼はその後3年間、父親の墓へ毎日通 い、墓石の泥をはらいながら「父さん、もういいんだよ。出ておいで。父さんをそこに閉じこめたやつらはもういなくなったから」と叫びつづけました。

 いえ、私もロイ・マジェンドのように、無傷でなんとかやれるかもしれません。彼にとって戦争は学校がなくなり、いくらでも夜更かしできることを意味しました。教育を受けなかった彼は今、路上で新聞を売って生きようとしています。

 皆さんの子供だけではなく、めいやおい、隣の子供たちがこうなると想像してみてください。皆さんの息子が手足の激しい痛みで断末魔の声を上げています。でも皆さんはその痛みを和らげる術がないと想像してください。娘が倒壊したビルのがれきの中で泣いています。でも皆さんは彼女に近づくこともできないと想像してください。

 冒険映画でも空想でもビデオゲームでもありません。これがイラクの子供たちの現実なのです。国際的な調査団がイラクに入り、子供たちが戦争の足音にどんな影響を受けているか調べました。半数が「もうこれ以上生きても無駄 」と答えました。本当に小さな子供でさえも、戦争の意味を知り、不安がっているのです。

 5歳のアッセムは、戦争を「銃と爆弾で空気は冷たくもなれば熱くもなる。みんな真っ黒焦げさ」と表現しました。10歳のアエサルは、ブッシュ大統領に「イラクの子供たちが大勢死ぬ でしょう。あなたはそれをテレビで見て、悔やみますよ」というメッセージを送ろうとしました。

 小学校を思い出しましょう。問題が生じたら、たたいたりののしったりせず、話し合い、「私なら」の精神で解決するよう教わりましたよね。「私なら」の精神は、相手の行為があなたに嫌な思いをさせていると分からせることです。そうすれば、相手はあなたを思いやり、行為をやめます。

 今こそ「私なら」の精神を伝えたい。いえ「私たちなら」ですね。ひどい事態になるのをただ待つしかないイラクの子供たちが「私たちなら」。声が小さすぎて、聞こえないほど遠く離れているのが「私たちなら」。

 次の日も生きているかどうかわからないなんて、恐いことです。だれかが私たちを殺したり、傷つけたり、未来をはく奪するなんて許せません。明日両親が生きているかどうかを知ることだけが私たちの望みだなんて、悲しすぎます。

 


「戦争」がおわるまで掲載します


これは個人のWEBサイトの一部ですが、ここから他のページにはにリンクしていません。
サイト内のページから来た方は、ブラウザーの「もどる」ボタンでサイトに戻れます。

03/03/30 日曜日 更新