美しき日々2 翻訳 yumiko
あの後、セナの祝賀パーティーが開かれたが、退院したばかりで体調のまだ安定していないヨンスを気遣い、ミンチョルはそれを断っていた。
彼はまるで熱愛中のカップルがするように、やさしくヨンスを抱いて歩いた。
ヨンスはとても幸せそうに微笑んでいた。
体調も改善に向かっており、とても健康そうに見えた。
ヨンスの元気そうな様子を見て、ミンチョルはやっと安心することができるのだった。
この3ヶ月、ミンチョルはヨンスに付き添うため毎日病院に通っていた。
手術のあとの治療や、検査を受ける必要があった。
ヨンスが血液検査を受けるたび、ミンチョルは心が痛んだ。
ヨンスはいつも
「大丈夫よ」
と彼に言っていたが、ミンチョルは心配せずにいられなかった。
「何考えているの?」
ヨンスはミンチョルにやさしく言った。
ミンチョルは頭をふり、そして彼女に聞いた。
「疲れてない?」
「いいえ、あなたが傍にいるから少しも疲れないわ」ヨンスは続けた。
「ねえ、知ってる?私、またステージに上がったセナを見てとてもうれしかった。本当に幸せを感じたの。
あのHEAVENという歌が、私があなたやみんなの傍にいることを決心させたの。私って本当に運がいい。
これからはどうか私の心配はしないでね。私、一生懸命あなたの良い奥さんになって、あなたを支えたい」
ミンチョルは相変わらず黙っていた。
ヨンスは立ち止まり、彼の顔に
触れて言った。
「あなたは私を心配しすぎてやせてしまったわ」
彼女はふざけた調子で続けた。
「これじゃダメよ!私があなたを太らせて、もっと安心したい。さもないと、だれかかわいい女の子にとられちゃうわ!」
ヨンスの楽しそうな声を聞きながら、ミンチョルは微笑まずにはいられなかった。
そして彼女を腕の中に抱きしめながら言った。
「僕は本当に君を愛しているんだ」
ミンチョルは彼女の体の温もりを感じながら、静かに、彼女が今ここにいることを神に感謝した。
お互いじっと見つめあい、微笑みながら幸福感を味わった。
そしてゆっくりと、彼らの家の方へと歩いていった。
そこはヨンスが常に夢を見、そこにいたいと思う場所であった。
美しき日々2−2
ビジネススーツに身を包んだミンチョルは、ミューズのソンジェのオフィスで彼に会うために待っていた。
ソンジェは、兄の待つオフィスに入ってくるなりわびた。
「遅くなってゴメン!」
「いや、いいんだ。セナのコンサートは大成功だった。よくやったな」
ソンジェは笑いながら答えた。
「兄さんも、彼女の企画はよくやったよ。今やこの彼女は、ただの普通の歌手じゃない。セナのアルバムの
プロモーション企画は、本当にすばらしかった。才能のあるいい歌手だって、いいプロモーションといい
パッケージングがなかったら、こうはいかない」
ミンチョルは音楽業界での経験上、プロモーションの重要性は分かっていた。
「もしいいアルバムがなかったら、プロモーションだってうまくはいかないよ」
ソンジェはミンチョルのほうを向いて座り、真面目な顔で話した。
「僕は、この会社のすべての企画を兄さんの会社にゆだねたいんだけど、どう思う?」
当惑したようなミンチョルの目を見ながら、彼はより真剣な顔で続けた。
「この会社は、いつも歌手のプロモーションやパッケージングにあまり重きを置かない。でもセナの成功で、
その重要性がわかった。だから、僕たちの企画を譲り受けてくれる会社を探さなくてはならない。株主も同意しているし、
僕たちのために今、正式にいっしょに仕事をすることを申し込むよ」
ミンチュルは手をギュッと握り締めながら、黙ってソファに座っていた。
それから、ソンジュを見て言った。
「本当に僕を助けてくれるのは、お前だよ」
ソンジェは笑ってたずねた。
「僕がそんなに権限があると思う?この会社は僕一人の物じゃない」
彼は続けた。
「兄さん、仕事で分からないことがあったら僕を助けてくれるって言ったよね。今が僕に教えるチャンスだ。弟を手伝うのはイヤ?」
ミンチュルはソンジェの誠意をありがたく受け止めた。
ミンチョルは立ち上がりソンジェに手を差し伸べると、ソンジェも親愛を込めて兄の手を握り締め、彼がこの申し出を受けてくれたことを喜んだ。
ミンチョルは言った。
「僕たちが、いっしょにいい仕事ができることを願うよ」
これはミンチョルとソンジェが、それぞれの夢の共通のゴールに向かい、いっしょに立った初めての瞬間だった。
美しき日々2−3
とある休日。
ミンチョルとヨンスは、ナレ主催のバーベキューパーティーに出席するため、車を走らせていた。
ミンチョルは仕事用にと、以前の車とは比べ物にはならないが、車を購入していた。
車を走らせながら、ミンチョルは口笛を吹いていた。
ミンチョルは、助手席にヨンスがいるだけで満足だったし、彼女が幸せなら彼も幸せだった。
ヨンス「ミンジは後からナレの所に来るらしいけど、道を知っているかしら?」
ミンチョルは答えた。
「分かると思うよ。彼女は結果を見てから来ることになっているから、だろう?」
「ミンジはとっても神経質になっていたし、昨夜は一睡もしていないのよ。でも私、
彼女ならやってくれると思ってる」
ヨンスを見ながら、ミンチョルは聞かずにいられなかった。
「君はどうなの?学校へ戻って勉強を続けたくないの?」
「・・・」
ヨンスは前を見つめて、ミンチョルの質問には答えなかった。
「学費のことを心配しているの?今、会社は軌道に乗ったし、収入も安定してきた。君が本当にそうしたいなら、できるんだよ」
ミンチョルの言葉をききながら、ヨンスは気がとがめるのだった。
彼女は考えながらうつむいた。
ミンチョルはまだ、ビクトリーレコードの負債が負担になっていた。
会社や家財は借金の相殺分として銀行に没収されたし、新しい会社の運営資金や、彼女の治療費もあり、それは大きな負担に違いなかった。
もし彼女がミンジといっしょに学校へ戻ったら、ミンチョルの負担は増すだろう。
彼は会社へ行くと、いつも可能なかぎり、仕事が終わるまで家へは帰っって来なかった。
そして、仕事を家へ持ち込むことはしなかった。
ヨンスは、彼がそうするのは、彼の仕事がどんなにたいへんか、彼女に知られないためだということを分かっていた。
ヨンスは、すべての問題を理解していたが、あまりに無力で、何の手助けもできないことを痛切に感じていた。
ミンチョルはヨンスが黙っていることに気づき、笑いながら言った。
「君の夫はとても有能なのを知ってるだろう?!僕を信じないの?」
ヨンスは運転しているミンチョルを見て
「信じてる。でも・・・、今学校へ戻ることは、私にとってはいいこととは思えないの。私はまだやることがたくさんあるし。もし私が本当に勉強を続けたくなったら、あなたにちゃんと話すから」
ミンチョルはうなずき、彼女の気持ちを受け止めた。
ヨンスがそう決めるのなら、彼は彼女の選択を尊重するつもりだった。
美しき日々2−4
屋上部屋でナレは、バーベキュー用の肉を用意するのに忙しかった。
キュソクがナレの回りで騒ぎ立てている。
「ちょっと、ウロウロするのやめてよ。野菜を洗ってきて!」
キュソクは彼女の小言を聞きながら、まだナレをからかうのをやめなかった。
ナレは唇を打ち、手に包丁を持ったままキュソクの方に振り向いた。
「まだ私を邪魔するなら、これで殺すわよ!さっさと肉をセナに持っていって!」
キュソクは手を上げ、彼女の言うことに従った。
キュソクの背中を見ながら、ナレは笑いをかくせなかった。
一方、セナとソンジェは、バルコニーで火の準備をしていた。
セナはちょうどナショナルツアーが終わり、次のアルバムの準備をしていた。
ミンチョルのプロモーション企画の成功により、セナは、アジアの主要都市での公演依頼を受けていた。
来月から忙しくなることが分かっていたので、これは忙しいスケジュールになる前の、リラックスするいい機会だった。
セナとソンジェは、この平和で穏やかな時間を楽しんでいた。
セナはソンジェによって、スターになっていた。
「ソンジェって本当に不思議ね。どうしてスーツの時と普段着の時でそんなに違うの?」
青いTシャツ姿のソンジェは困惑したように
「何が違うって?」
セナはいかめしい顔で、真面目に答えた。
「スーツの時はいつも、しかめっ面して全然笑わない。でも普段着の時は、いつも陽気に笑ってる。そう、ちょうど今みたいに愛らしく」
ソンジェは笑いながらセナに答えざるをえなかった。
「スーツの時は仕事だ。あんな報告書を見ながら、どうやって笑う気持ちになれるの?兄さんは本当にすごいと思うよ。以前、報告書を兄さんに渡した時、まるで小学生の宿題みたいだった。兄さんにはとても簡単らしい。でも僕にとっては、それは考え出すこともできなかった。そう、僕はむしろ普段着で音楽の仕事をしている方がいいんだ」
「私もお義兄さんはすばらしい人だと思う。彼とあなたはだんだん似てきたわ。お義兄さんって以前は、
冷淡で無口な人に見えたけど、今は、お姉ちゃんといっしょに、本当におかしそうに笑ってる」
セナは、自分の言ったことに気づいて、舌を打ち付けてつけ加えた。
「ごめんなさい。ソンジェ」
ソンジェは気にしていない様子だった。
「全然、兄さんはヨンスさんに本当によくしているよ。僕にとっては十分だよ。ぼくは、
ヨンスさんのいい友達で満足してるよ」
ソンジェは、突然過去が蘇るのを感じた。
失望と傷心は彼自身のものだった。
かつての彼のヨンスへの思いは、今は友情のレベルにまでなっていた。
それは、彼にとってはいいことだった。
ソンジェを見つめて、セナは思った。
ソンジェは大人の男になったと。
彼女は、彼の心の片隅に、自分の場所があるかもしれないと思った。
それでも愛は愛だ。
セナは愛する男をじっと見つめた。
ねえ、お姉ちゃん、ここよ!」
セナはうれしそうに、ヨンスとミンチョルの方へ向かって走っていった。
シャンパンをテーブルに置いて、ヨンスがセナと二人きりで話せるよう、ミンチョルはソンジェといっしょにバーベキュー台の方へ歩いていった。
セナがヨンスの傍で笑ったりはしゃいだりするのを眺めながら、ソンジェは微笑んでいた。
ミンチョルは頭をふって、
「彼女たちは、昔の時間を取り戻しているんだと思う。さあ、僕たちは食べ物を引き受けよう」
彼はすでに、袖を捲り上げていた。
いい天気と、そよ風と、テーブルの上のおいしそうな料理が、この場の雰囲気を盛り上げていた。
ナレは、この良き日のために乾杯しようとしていた。
「みんな来て、乾杯よ!」
それぞれがグラスを満たすのを見て
ナレ「今日は、私たちがいっしょに集まっためったにない機会よ。まず始めに、
イ氏の助力によるセナのツアーの成功におめでとう!セナは国際的になったわ。彼女に乾杯!」
皆がグラスから飲もうとした時、ナレはすばやく止めた。
「ちょっと待って!」
皆は彼女の制止に驚いた。
ナレは、今ちょうど入ってきたミンジの方を向いて、
「ミンジにもおめでとう!大学へ入った、私たちの才能あふれる少女に!」
誰もが、このすばらしいニュースに乾杯した。
2−6
すばらしい夕日のもと、ナレの家でのパーティーは盛り上がっていた。
皆は、いつもはケンカばかりしているナレとキュソクの二人を見て面白がっていた。
ヨンスは片隅に座って、彼女のまわりの出来事を眺めていた。
ソンジェが皿に盛った料理を持って近づき、そして皿を彼女に手渡した。
「食べない?さあ」
ヨンスは皿を受け取って、ソンジェに微笑んだ。
「ありがとう」
「兄さんはヨンスさんを、バーベキュー台に近づけないんだね?」
ヨンスは、少し前、ミンチョルが彼女の手からトングを取り上げ、無理に座らせたことを思い出していた。
「君は座って休んでて、さっ、あっちへ行って!」
彼の気遣いに抵抗しながら、ヨンスはトングを渡さず困ったふりをして彼をしかった。
「あなた、料理のやり方知ってるの?」
自信ありげにミンチョルは答えた。
「僕は学生時代、バーベキューのプリンスとして知られていたんだよ。信じないなら、あっちへ座って僕がやるのを見てて。いいね!」
ヨンスは、ミンチョルが忙しそうにしているのを見て、そしてソンジェのほうを見た。
「おいしいわ!」
ヨンスがおいしそうに食べるのを見ながら、ソンジェは彼女への助言を言わずにいられなかった。
「手術は成功したけど、十分な回復とは言えないよ。ヨンスさんは、完全に良くなるまでがんばらなくちゃ。
検査と治療のために、まだ病院に通わなくちゃならない。治療中つらいのは知ってる。後遺症は残るだろうけど、
栄養に気をつけていれば、そんな後遺症はすぐなくなる」
ヨンスはソンジェの気遣いにうなずいた。
彼女は手術後、3ヶ月病院にいた。
DNAが完全に合っていなかったため、移植による拒絶反応が心配されたからだ。
幸運にも、ヨンスはその時期を切り抜けた。
今、彼女は、治療と薬物療法を続けており、体調は保たれていた。
ヨンス「ソンジェさん、会社の仕事大変じゃない?」
「大丈夫!ただ時々、プレッシャーに耐えられなくなったり、叫びたくなったりするけど。
でも、音楽への愛があるから、少しも難しくないよ」
ソンジェは、セナが飲み物のカンを開けようとしているのに気づくと、ヨンスに、
僕を待っているからと言って、セナの所へ走っていった。
ソンジェの背中を見ながら、ヨンスは、彼女のまわりの皆の幸せを見つめていた。
ミンチョルとミンジは、バーベキュー台で肉を取り合っていた。
ミンジは、ヨンスがこちらをちらっと見たのに気づき、にっこり笑って、そして叫んだ。
「お義姉さん、お兄ちゃんが私に何してるか見て!お皿がいっぱいなのに、私の食べ物取ろうとしてる」
ミンチョルははしを置いて、妹の頭をなでながら笑った。
「バカなやつだな。ちょっとからかっただけだ。ほら、全部お前のだ」
ミンチョルとミンジが、互いに楽しそうにからかっているのを見て、ヨンスも楽しくなった。
彼女は向きをかえ、いつもはケンカばかりしている彼女の良き友ナレとキュソクが、互いに食べさせあっているのを見た。
ヨンスは、彼女の幸せそうな様子を見て、とてもうれしく思った。
ふと愛おしさを感じ、思わず振り向いて、彼女の最愛の夫を見た。
そしてゆっくりと立ち上がると、彼女のただ一つの愛へと向かって歩き出した。
2−7
ソンジェは、車をミューズの駐車場にとめた。
今日彼は、セナの海外アルバムの配給会社であるアジアインターナショナルと会うことになっていた。
興味のある会社からの企画書の提出の後、その一つであるアジアインターナショナルを選び、
今日これから協定書にサインすることになっていた。
ソンジェが会社へ向かっていった時、オフィスのドアの外に年配の女の人がうずくまっているのを見た。
彼は近づき、そっとその女の人の肩を叩いた。
彼女はハッと驚き、真っ赤な目で彼女のまえの若い男を見上げた。
彼女の様子を見て、ソンジェは微笑んだ。
「どうしました?」
彼女はぎこちなく立ち上がった。
彼女は言葉を選びながら、丁寧に言った。
「あの、あなたはここで働いている方ですか?」
ソンジェは答えた。
「はい、ミューズのものですけど」
ソンジェの答えを聞いて、彼女の目が希望で輝いた。
「そう、歌手のセナ、彼女はここにいますか?」
セナの名前を聞いて、ソンジェは目の前の彼女に好奇心を抱いた。
「ええ、彼女はこの会社の歌手です。彼女を捜していたんですか?」
彼女は嬉しそうにうなずいたが、すぐまた首をふった。
彼女はソンジェの手を離すと、すぐに否定した。
「いいえ、彼女を捜してなんかいません。ありがとう」
彼女は向きをかえ、足早に去っていった。
ソンジェは、彼女の去ってゆく様子を見て、反感は抱かず、むしろ親近感を感じた。
だが、それがどうしてだか分からなかった。
「ソンジェ、おはよう!」
セナはソンジェを見つけると、ナレが駐車するのも待たず車から飛び降りた。
「ここよ!」
セナはソンジェの傍の行くと、
「何を考えていたの?なんか落ち込んでいるみたい」
宙を見ているようなソンジェを心配して、セナが言った。
ソンジェは、さっきの不思議な女の人のことをセナに話す必要はないと思い、彼女の質問には首を振った。
すぐさま、セナはソンジェの額に手をあてて
「カゼでもひいた?」
ソンジェは彼女の手を下ろして言った。
「いいや、カゼなんかじゃないよ」
セナは、ソンジェが大丈夫と分かると、再び笑顔を取り戻した。
セナはソンジェの手を引いて、彼女の次のアルバムのデザインについて、とりとめもなく話し始めた。
「宇宙戦士のかっこなんかいいと思う?天使も悪くないと思うけど・・・」
セナは、彼女の生活がこれから大きく変化するだろうことを知っていた。
2−8
ソンジェは思っていたより早く、ラジオ局の仕事を終えた。
すべてがスムーズにいって、彼はとてもいい気分だった。
彼はふと昼食を食べていないことに気づいて、時計を見るとまだ時間があった。
彼は近くに軽食屋を見つけると入っていった。
「ラーメン一つ、大盛りでね」
彼のいい気分は、食欲を増大させた。
ソンジェが飲み物を飲もうとした時、厨房の方で女主人の大声が聞こえた。
「チェニン!チェニン!このラーメン、そおの若い男の人に出して!」
ウ・チェニンはハイと答えると、仕事をしていた手をおいた。
彼女は、注意深くソンジェのテーブルにラーメンを置いた。
「注意して!熱いから!」
ソンジェはお礼を言おうとして顔を上げた時、突然彼女を思い出した。
「僕を覚えていますか?」
彼女は、不思議そうに彼を見た。
「ミューズで、ドアの外!」
「ああ、思い出した!あの時の若い方」
「あなたは、ここで働いているの?」
「ええ・・・」
「チェニン!チェニン!」
主人が大声で彼女を呼んでいた。
「ごめんなさい。仕事にもどらなくちゃ。ごゆっくり」
「ああ、どうぞ、さあ行って!あっ、そうだ!これ僕の名刺です。僕の名前はイ・ソンジェ。
もし僕に用があったら、この番号に電話して!」
2−9
ヨンスは大きな紙袋をかかえて、VARIOUSへ向かっていた。
彼女は歩きながら、ミンチョルに電話をかけた。
「もしもし、あなた?私よ」
「どうしたの?僕の声が聞きたくなった?」
ヨンスはミンチョルの声を聞いて微笑んだ。
電話の向こうで答えているミンチョルは、グラスを置くと、一時仕事の手を休めた。
「いいえ、違うわ。ちょっと聞きたいんだけど、お昼食べた?」
「忘れた」
ミンチョルは答えると、あわててヨンスに説明した。
「本当に忘れたんだ。お腹が、すいてなかったから。本当だ!心配しないで。それより君は?食べたの?」
ミンチョルの言い訳を聞きながら、ヨンスは怒ったようなふりをして答えた。
「あなたは食事もとらないで、それで他の人があなたに従うと思っているの?もう知らない!」
ヨンスはそう言いきると、電話を切った。
しかし、彼女は笑いをこらえることができなかった。
ミンチョルは、電話の切れた音を聞いていた。
そして、どうしてヨンスは怒っているのだろうと考えていた。
彼はすぐ、彼女に電話をかけ直した。
ヨンスはわざと電話の電源を切っていた。
それは本当にミンチョルをイライラさせた。
彼は繰り返し、彼女に通じるよう何度も電話をかけ直した。
が、ヨンスがVARIOUSのドアから入ってくるのを見た時、その手を止めた。
ヨンスは会社の人達にあいさつをしていた。
「皆さん、一生懸命仕事をされて、食事を持ってきましたから、どうぞ休んでください」
彼女は、用意してきた食事とお茶を袋から取り出した。
これには社員たちもいっせいに従って、一息つけるこの機会を喜んだ。
ミンチョルは、静かにオフィスのドアからヨンスを見ていた。
彼女はミンチョルに向かって歩いてくると、彼に腕を回して、一緒にオフィスに入っていった。
ヨンスはミンチョルを後ろのイスに座らせると、彼を見て、彼の好物のすしを袋から取り出した。
ミンチョルは、彼のためにスープを注ぐヨンスを見て、笑いをこらえきれなかった。
「君はぼくをからかっていたんだね」
「ええ、怒ったふりをしていたの。さあ早く、おすしを食べて。お昼食べてないんでしょう?」
彼はおすしを口に運びながら、満足そうに言った。
「おいしい!」
ヨンスはソファに座りながら、彼が食事をするのを見ていた。
ミンチョルは妻の愛の贈り物をたいらげた後、指をなめた。
ヨンスは、ティッシュを彼に渡しながら言った。
「食べることを忘れないでね。そししないと、仕事をする力が出ないから」
「ハイハイ、僕の愛しい奥さん!」
ミンチョルは、ヨンスが彼のことを心配しているのを知っていた。
彼は、彼女の命令に従うところを見せた。
ヨンスは、ミンチョルと一緒にお皿を片付けた。
「今日、君は病院へ行って、薬をもらってくるんじゃなかった?」
「ええ、後で行くわ」
「僕も一緒に行くよ」
「いいえ、あなたは後でソンジェさんとミーティングでしょ?」
「ああ、そうだ。今、そのための準備をしていたところだ。すっかり忘れていたよ。君のせいだよ。
僕は、君を見ると仕事ができない。ただ、君と一緒にいたい!」
ミンチョルはヨンスの手を握った。
ヨンスは真面目に彼を見て
「分かったわ。私、行きます。あなたは、ちゃんと仕事をしてね」
ミンチョルは、しぶしぶ彼女にサヨナラを言い、出口まで送った。
がっかりしたミンチョルを見て、ヨンスはすばやく彼の頬にキスをした。
妻の見せた愛に、ミンチョルの顔は輝いていた。
この幸せは、永遠に終わりのないように見えた。
2−10
朝早く、ソンジェは、セナのニューアルバムのカバー写真を撮るため、岡の上の小さな村にいた。
このアルバムについて、ソンジェとミンチョルは、幾度となく話し合っていた。
そのミーティングの時、ソンジェはミンチョルに、このアルバム”WAITING”の見解について話していた。
「このアルバムの歌は、どれもみないい出来だ」
ミンチョルはソンジェに言った。
それを聞いて、ソンジェは、兄のほめ言葉にきまり悪くなった。
幼い頃から、どんなによくしても、彼の努力に対して、ミンチョルは決してほめた事はなかった。
今、ミンチョルは、またソンジェ自身も変わった。
ソンジェは、この新しいミンチョルが好きだった。
ソンジェは笑って
「このスタイルはHEAVENのものとは違うんだ」
「社長、ミーティングが始まります」
秘書が、彼らに知らせにきた。
ソンジェとミンチョルは、ミューズのミーティングルームに座ると、ソンジェは言った。
「これはセナにとって初めてのアルバムで、彼女の復帰にとってとても大切なものだ。VARIOUSの、これに対するプロモーション企画が、どのようなものか知りたいんだけど」
ミンチョルは立ち上がって、彼の企画書を取り出し、そこにいるみんなに配った。
「イ氏が言ったように、このアルバムはセナにとって初めてのアルバムです。以前のHEAVENはシングルだけでした。セナは、そのステージでの演出と表現で、ファンの間に強い印象を与えました。しかし、このアルバムは違います。VARIOUSが提案したいのは、この企画書にすべて書いてあります」
誰もが、配られた企画書に注意を向けたのを見て、彼はいつもの調子で続けた。
「このニューアルバムでセナを再びパッケージングする事は挑戦です。この企画の方針は、
クリーンかつ純粋なイメージのセナに戻す事にあります。そしてこの歌のMVは映画制作の
フォーマットとして加えられるでしょう」
プロモーション部門の一員であるナレは、この文書を読んで手を上げた。
「映画制作のフォーマットを使うこと、”WAITING”を映画にすること、残りの歌は
”WATING”からの筋書きに続く」
ナレは突然、このムービースタイルのMVの概念を理解した。
「このアルバムのどの歌も、筋書きを持つってこと。ワオッ!とってもいい。私これ好きです」
ナレは興奮してセナに言った。
「セナ、あんた映画スターになれるんだよ!」
ミンチョルは、セナとソンジェを見た。
「ナレさんの言う通り。セナのアルバムの撮影は、多くの労力を必要とするでしょう。そして、
映画製作のスタイルを使うなら、それはもっと要求される。この仕事で作られた歌手セナのイメージはすべて、
彼女のファンに影響を与えるでしょう。私の知るところでは、ビエンチャンフードがセナを、彼らの新しいスポークスマンとして招くことを決定しています。これを新しいMVと結びつけるなら、ミューズはたくさんのTV広告をセーブできます。MVと関連のある商品は、このアルバムを街でのうわさにする好機をつくり出すでしょう」
ソンジェは彼の提案に賛同してうなずき、横にいるセナの方を向いて
「歌手本人としては、これをどう思う?」
セナは真面目に考えていた。
セナ「それを撮影する場所はどこなの?そのMVの筋書きはどんな風なの?」
ミンチョルは部屋を見回しながら答えた。
「撮影場所は、郊外の村になるでしょう。セナは、最愛の人を待つだれかの役を演じます。
歌は別として、この話の展開は視聴者の追随を招くでしょう」
2−11
ソンジェは、この企画について質問はないかたずねた。
彼らは確信したように、問題はないと答えた。
ソンジェ「質問がないなら、さあ仕事に取り掛かろう!MVディレクターとイメージデザイナーは、セナをどんなイメージにするかを話し合って。レコーディング部門は、ラジオ局にデモを送って、その反応を見て、そして最終的な編集を送って。ナレはセナを連れてメディアを回って、新アルバムがもうすぐ出る事を伝えて」
ミーティングが終わり、兄弟二人はソンジェのオフィスに戻っていた。
ミンチョルはソンジェに向かって
「お前のワークスケジュール裁きは、全く感心するよ。明快かつ見事だ。これなら、お前の部下は負担が少ないだろう。何をすべきか分かっているから」
ソンジェは笑ってたずねた。
「このムービープロットの企画をどうやって思いついたの?」
「定かじゃないよ。この”WAITING”を聞いて、一人の女性が最愛の人の帰りを、若いころから年をとるまで待っているイメージがわいたんだ」
ソンジェが見つめているのに気づき、ミンチョルはたずねた。
「なぜ?」
ソンジェ「兄さん、僕がこの曲を書いた時、それが僕の心の中にあったイメージだったんだ」
ミンチョルはソンジェの肩をたたいて、大声で言った。
「それで、このプロットを説明している時に、僕をじっと見つめていたのか」
オフィスの部屋は、兄弟の笑い声で満たされた。
「ソンジェ、こっちよ!」
メーキャップ中のセナは、ソンジェを見つけるとうれしくなった。
「どのシーンを撮ってるの?」
「夜明けに一人の老女が、最愛の人を窓越しに待ってるの」
セナはソンジェに説明した。
「セナ!こっちに来て。あんた、まだメーキャップ終わってないのよ!」
ナレは、セナを連れ戻すために急いでやって来た。
セナはソンジェに叫んだ。
「ソンジェ、ここで私を待ってて!」
ソンジェがうなずいたのを見て、セナはナレと一緒に席に戻った。
ソンジェは回りの景色を見回した。
田舎の空気は澄んでいた。
彼は深呼吸をして、ここの雰囲気を感じ取った。
ソンジェは、老女に変えられているセナの方を向くと、メーキャップは終わっていた。
セナがその結果を鏡で見ていた時、ソンジェの笑顔が止まった。
彼は、なぜチェニンに初めて会った時、親近感を覚えたかを悟った。
2−12
ヨンスは、絵画教室で授業の後、イスを片付けていた。
彼女は舌を打ち付けて、身近にせまっている問題について考えていた。
昨日病院から戻ってから、集中する事ができなかったし、彼女のこの不安な気持ちをミンチョルに悟られないようにしなければならなかった。
ヨンスは、絵を描く準備を終えると、医者に言われた事を思い出しながら、何も描かれていない画用紙の前に座った。
ヨンスはため息をつくと、ペンを取り出し絵を描き出した。
彼女は心の中で考えていた。
「誰よりも先に、あの人が知らなければならない事だけど、彼ははどう思うかしら?」
ヨンスが家へ帰る途中、ミンチョルから電話がかかってきた。
明らかに、彼は機嫌が良かった。
「ヨンス、今家へ帰るところ?僕は今日、少し遅くなるから、外で夕食を食べるよ。僕が帰るのを待ってて。話したい事があるんだ。あー、いいや!今話そう。今日、僕たちの会社は、重要な契約を受けた!契約書にサインしに行く途中なんだ!できるだけ早く帰るから、今はこれだけ。またあとで話すよ」
ヨンスは、電話を切ると笑った。
ミンチョルは、本当によく働いている。
彼女はバックから絵を取り出し、ミンチョルが戻ったら彼に話さなければならないと思っていた。
9時になって、ミンチョルは帰って来た。
彼は、勝ち誇ったような笑みをたたえていた。
彼はベッドルームに入って来た時、ヨンスが丁寧にかれのシャツにアイロンをかけているのを見た。
彼はそっと近づくと、彼女を抱きしめ首筋にキスをした。
ミンチョルはヨンスに言った。
「愛しい奥さん。君の夫は、今日いい仕事をしたよ!日本の会社が、専属歌手のシングルとアルバムのすべてのプロモーションを、VARIOUSに委託する事に同意してくれた。安定した収入にはならないかもしれないけれど、これはとても意味のある事だ。すばらしい!だろう?!」
ヨンスがうなづくのを見て、ミンチョルは突然彼女にねだった。
「それで、ご褒美は?」
ユンスは立ち上がり
「運が向いて来たのね。偶然、私も今日、あなたへプレゼントがあるの」
ヨンスは、彼女が今日描いた絵を取りに行った。
ミンチョルは、褒美を要求した事にちょっと戸惑っていた。
そして、本当に彼へのプレゼントがあった。
彼は冗談ぽくたずねた。
「それは、何?」
ヨンスは、リボンのかかった絵を持って、ミンチョルの前に座った。
彼女は彼の前に絵を置き、
「私、あなたがこれをどう感じるか知りたいの」
真面目な顔のヨンスを見て、彼女が本気でたずねていると感じた。
そして、彼女から絵を受け取った。
彼はリボンを解くと、注意深く広げた。
それは、いつかヨンスがギャラリーで見ていた”一つの家族”というタイトルの、ヨンスの好きなアーティストが描いた絵だった。
ミンチョルは困惑し、ヨンスにたずねた。
「君は、これの複製画を持っていたと思うけど、どうしてまたこれを描いたの?」
2−13
壁の複製画を見て、ヨンスは微笑みながらミンチョルの方へ向き直った。
そして、彼の手にある絵を指した。
「これはお父さん、あなた、イ・ミンチョル。これはお母さん、わたし、キム・ヨンス」
ミンチョルの目は、絵を指し示すヨンスの指を追っていた。
そして、ヨンスの説明を聞いた。
「これは私。これはあなた。そしてこの子は?」
ミンチョルは驚いて見上げた。
「ヨンス、それってまさか・・・。僕たちの・・・」
ヨンスは、ミンチョルの驚いた様子を見ておもしろがった。
彼女は微笑んで、彼の手を取り、やさしく彼女の腹部に持っていった。
「ええ、そうよ。ここに、いるわ!」
ミンチョルは、とても美しいヨンスをじっと見つめた。
ヨンスは、夫が何も答えないのを見て、心配になった。
「あなたは・・・、うれしくない?」
ミンチョルはゆっくり頭をふると、たちまち喜んで笑い出した。
彼はヨンスを、強く腕の中に抱きしめ、叫んだ。
「ぞくぞくする。本当に幸せだ!ヨンス、本当に、僕たちの子ができたんだね!お父さんって呼ばれるんだ。う〜ん・・・!!」
ヨンスは、彼の腕の中で笑っていた。
しかし、彼女は涙をこらえきれなかった。
ヨンスがすすり泣くのを聞いて、ミンチョルはやさしくヨンスを引き離し、彼女の涙を拭いた。
「私、心配なの。この子が私のようになるんじゃないか、そして、またあなたを心配させるんじゃないかって。この子は、私と同じ病気になるかもしれない。それでも、あなたはこの子がほしい?私は、あなたがイヤと言うかもしれないと思って怖かった」
彼女の中に新しい命があると知った時抱いた深い不安を、ヨンスはついに話し出した。
ヨンスはその間、ずっと涙を流し続けた。
ミンチョルは再びヨンスを腕に抱き
「ヨンス、僕の心配なんて必要ない。この子は、僕たちの子だ!一緒にこの子を育てよう。君の病気は、遺伝しないかもしれない。君を慰める言葉もないけど、僕を信じて!心配しないで!」
ヨンスは、彼の肩に頭を持たせかけて
「私たちは、たくさんの事を乗り越えて一緒になったわ。私、本当にこの子を産みたい!ねえ、もう一度聞いてもいい?あなたは本当に、この子を産んでほしい?」
ミンチョルは彼自身の涙を拭くと、ヨンスを腕の中にギュッと抱きしめ、決意を持って言った。
「産んでほしいとも!何度も聞かなくていい。答えは、いつも同じだよ。僕は、きみとこの子がほしい。
そして、ずっと僕の傍にいてほしい」
夫の言葉を聞いて、再びヨンスは彼の腕の中で泣き出した。
しかし、これは安堵と喜びの涙だった。
彼らは一緒に、彼らの未来を築き上げていくだろう。
2−14
ソンジェは、ソウルへと車を走らせていた。
彼は、チェニンに会うべきかどうか考えていた。
ソンジェが、ラジオ局脇の小さな軽食屋に入った時、チェニンは、イスとテーブルを忙しそうに整理していた。
「あの、僕を覚えていますか?ミューズレコードのソンジェです」
チェニンは、ソンジェを見てゆっくりうなずいた。
「ええ、覚えています。何か御用ですか?」
チェニンは、ソンジェを、近くの公園へ連れて行った。
ソンジェは、彼女に、個人的な事を聞かせてくださいと頼んだ。
ソンジェは、チェニンを見て、率直に聞こうと決めた。
「突然なのは分かっています。でも、あなたとセナの間に、どんな関係があるんですか?」
チェニンは、ソンジェの質問に呆然として、わずかに頭を下げた。
彼女のポケットには、ソンジェが彼女に渡した名刺があった。
そして、彼女は、彼に会うべきかどうか迷っていた。
しかし、よく考えても決心はつかなかった。
チェニンの様子を見て、ソンジェは促した。
「話してくれませんか?あなたも知っているとうり、セナは、僕の会社の歌手です。そして、僕の友達でもある。本当の事を、話してください。そうすれば、たぶん、僕はあなたの力になれるでしょう」
チェニンは、ソンジェの力になると言う言葉を聞いて、うれしかった。
そして、興奮して彼の手をとると
「はい、私はセナと関係があります」
ソンジェは、うすうす感じてはいたが、彼女によってそれが本当だと分かると、ショックを隠しきれなかった。
ソンジェが、そのショックから立ち直った時、チェニンは、彼女とセナについての話を話し出した。
ソンジェは、ミューズレコードに帰って来ていたが、彼の心は、チェニンが彼に話した事でいっぱいだった。
ミュズのゼナラルマネージャー、イ・ヤンスがソンジェに近づき
「社長、こんな手紙を受け取りました。どう、お考えになりますか?」
ソンジェは、彼の考えていた事から頭を切り替えると、ヤンスが彼の前に置いた手紙を見た。
「これは、セナ宛の手紙です。気をつけてください、社長。ペンナイフが入っています。脅迫の手紙です」
ソンジェは、注意深くそれを封筒から取り出し、その脅迫状を見た。
それは、新聞紙を切り取って書かれた物だった。
突然彼は、以前に感じた事のない不安を感じた。
しかし、彼は静かにヤンスに言った。
「これは、ただの悪ふざけだ。音楽業界の有名アーティストなら、こういう手紙を受け取る事もある。こういった連中は、可笑しな事を企むのが好きなんだ」
ヤンスはうなずいた。
事実、韓国では、本当にこういった悪ふざけを受けているグループが、いくつかあった。
「次にまた、こういう手紙を受け取ったら、すぐ僕に知らせてほしい。プロモーションの間は、セナに男性スタッフを付けて、彼女に何も起こらないように!」
「はい、社長」
ソンジェは、イスに座った時、本当に疲れていた。
彼は、セナの新しいポスターをじっと見つめて、本当の事をセナにどう話そうか考えていた。
彼は、チェニンが、涙を流して頼んだ事を思い出していた。
「ソンジェさん、私、どうしたらいいか教えてください。彼女と会って、話すべきか。セナは、今よりもっと苦しむんじゃないでしょうか?」
苦しむ?
ソンジェの頭の中は、小柄なセナのイメージでいっぱいだった。
彼にも、どうするべきか、全く考えが浮かばなかった。
それが事実でも、セナを苦しめるような事はしたくなかった。
彼は、受話器を取り上げた。
2−15
ヨンスは病院で検査を終え、病院内の小さな庭をミンチュルと歩いていた。
ヨンスは、朝から微笑みっぱなしのミンチョルを見て
「ずっと笑いっぱなしで、疲れない?」
ミンチョルはヨンスの方を向くと
「いいや、どんなに僕が幸せか、誰もが感じてる。ほら、看護婦さんでさえ、僕を見て笑ってる」
今日は、ヨンスの検査の日だった。
白血病の治療ではなく、妊娠の検査だった。
ミンチョルは心配で、彼女に付き添って来ていた。
ヨンスが、部屋で検査を受けている間、ミンチョルは小児科を覗き、窓越しに新生児を眺めていた。
小さな手や、小さな口をした彼らが眠っているのを見ると、ミンチョルはとても大きな喜びを感じた。
近い将来、彼の生活も、彼らのような子がいる生活になるのだ。
ミンチョルはヨンスの方を向くと、彼女の肩に腕を回した。
「僕は医者に聞いたんだ。君の妊娠について。以前君が病気だった事は、妊娠には影響ないだろうって言っていた。もうすぐ君は、ふつうの妊婦さんのようになる。だから、栄養と十分な休息をとって、そうすれば何も問題ない」
彼はヨンスを見て続けた
「医者は君の事を、模範的な患者だって褒めていたよ。君は、いいお母さんになるね」
ヨンスは微笑んで、ミンチョルに言った。
「そう。私、あなたが思っているほど心配していないわ。私は、傍に私の子供がほしい。そうしたら、あなたの事ほっておくわ!」
ミンチョルは傷ついたふりをして
「君はそうしようと思っているの?僕の心は傷ついた・・・」
ヨンスは笑って
「あなたは、私の最愛の人よ。そんな事すると思う?」
ミンチョルは彼女を腕の中に引き寄せ、この幸せをかみ締めた。
その時、携帯が鳴った。
ミンチョルは、ヨンスが電話に答えている間、しぶしぶ彼女から離れていた。
「ソンジェさんよ。私たちに、とても重要な話があるんですって」
2−16
ソンジェは、ミューズレコードへ向けて車を走らせていた。
彼は、ミンチョル、ヨンスに相談をしていた。
その結果、どうするかはセナ自身に決断させる事にした。
彼らは、彼女について決断する事ができなかった。
ソンジェは、セナに話す役を割り当てられていた。
オフィスに戻ると彼は、困った表情で電話をじっと見つめ、どのようにセナに話を持っていくかかを考えていた。
その時、問題の主がドアから入って来た。
セナは広告について、ソンジェにうれしそうに話した。
「ソンジェ、昨日のテレビ見た?私の広告がもう流れてた。公的なコメントは良かったって、スタッフから聞いたの」
セナはソンジェの疲れた様子に気づくと、心配になった。
「ソンジェ、どうしたの?」
ソンジェは軽く笑って、言い忘れた事を思い出しているらしかった。
「ああ、君はたぶんこのニュースをまだ聞いていないだろう」
セナは不思議そうにソンジェを見た。
「ニュースって何?」
「ヨンスさんが、おめでただよ!昨日、彼女と兄さんに会ったんだ。兄さんは僕にいいニュースを話してくれた」
ソンジェは、昨日の話し合いを思い出していた。
たぶんこれは、彼があの事を言い出すいいきっかけだった。
セナは喜んで叫んだ。
「本当!お姉ちゃん、お母さんになるんだ。そうすると、私はおばさんか。そうだ、ナレに早く知らせなくっちゃ」
ソンジェは、オフィスを出て行こうとするセナを引き止めた。
彼は彼女をイスに座らせると、当惑したようなセナを見て慎重に話し出した。
「セナ、君は小さい頃、孤児院に送られたって言ったよね?」
セナは怪しげにソンジェを見て
「何が言いたいの?」
彼女が孤児なのが事実でも、それを彼女に言った人はいなかった。
彼女は、自分でその壁を超えなければならなかった。
セナの不安を感じながら、ソンジェはくつろいで笑うふりをして続けた。
「君は、君の肉親を覚えてる?」
セナは振り向くと
「孤児院に来た時、私はとても小さかったから、覚えてるわけないし、覚えていたくもない!過去の事なんか考えたくもない!ソンジェ、突然何でそんな事聞くの?」
ソンジェはセナを見ると、彼女は捨てられ、裏切られた事をまだ許す事ができないようだった。
チェニンの事をどう話すべきか。
セナは、悩んでいるらしい目の前のソンジェを見ていた。
彼女は軽く言った。
「私に、何か言いたいんでしょ?誰か私の肉親が、私に会いに来たの?」
ソンジェは、いつもと違って無口なセナを見た。
彼女は無表情だった。
「その日が来るのは分かってた。その人はどこなの?会える?」
彼女の心の中は、憎しみでいっぱいだった。
彼女は、自分を捨てた人達に会いたかった。
ソンジェは、こぶしを固く握り締めたセナを見て言葉を失った。
2−17
ソンジェから電話を受けて、すぐチェニンは主人にでかけていいかたずねると、この話し合いのためにわざ
と明るくメークした。
チェニンはソンジェの車に乗ると
「本当に、あなたには感謝しています。ありがとう」
ソンジェは運転に集中しながら
「僕・・・、僕は何もできません。僕にお礼を言う必要なんてないです。これはセナ自身の決断です。彼女はあなたに会いたいと言った。あなたは・・・」
「心配しないで。私、彼女に何も強いるつもりはありません。ただ会うだけで十分です。私、本当に幸せです」
ソンジェは、チェニンの心からの言葉を聞いて、軽くうなずいた。
しかし彼は、チェニンに電話した彼を見た時に見せた、セナのいらいらした表情を思い出さずにいられなかった。
ミューズレコードのミーティングルームで、セナは座って深く考え込んでいた。
すべてのスタッフは帰っていた。
部屋の静けさは、セナをより深く考えさせた。
彼女の心臓は、ドキドキしていた。
彼女は顔を上げ、横に座っているヨンスを見た。
ヨンスは、彼女の手をギュッと握っていた。
ヨンスは、セナがチェニンに会うと知った時、セナの反応を心配した。
そして、彼女のそばにいなければと思った。
ヨンスはだまって、彼女が一緒にいる事で少しでもセナの気持ちが和らぐならと思っていた。
彼女たちは階段からの足音を聞くと、無意識に立ち上がった。
そして、ソンジェの後ろから入ってくる女の人を見た。
「あなたがセナね!そう、あなた・・・、とってもきれい!」
チェニンはセナを見ると、うれしさのあまり手をとろうとした。
が、セナは後ろへ下がって、彼女にとてもよく似た目を見て言った。
「本当?私、あなたや私のお父さんに似てる?」
チェニンは暗い表情で、軽く頭を振った。
「私は・・・、あなたの本当のお母さんじゃないの。あなたのお母さんは、あなたを生むとすぐ死んでしまった。彼女は、わたしの姉妹。双子の妹なの」
セナはイスに座ると、話を続けるチェニンを正気なくみつめた。
「あなたの口は、私の妹によく似ているわ・・。妹は18歳の時、最愛の人に出会った。ハン・ミンクィン、でも彼らは新しい生活が始まる前に、彼がある事ではからずも殺されてしまった。その時妹は20歳だった。私は働きに出ていたの。妹は苦労をした末、病気になったと聞き、すぐさま私は村に帰った。でも私が見たのは、彼女の体と、からっぽの家だけだった。そして私は、あなたに会う機会を失った。私はずっと長い間、あなたを捜し続けてきたの!」
しばらくの沈黙の後、突然セナが笑い出した。
「あなたは、本当に私のお母さんの姉妹?私の両親は死んだ。この世にはわずかしか生きていなかった。あなたは何で、わざわざ私を捜して会いに来たの?お金がほしいんでしょ、ね?あなたの話は悪くない。私は好きだわ!それで、いくらほしいの?そんな風に私を見ないで。さあ、あなたの値段を言って!あなたに渡せるか、ソンジェに聞いてみるから」
セナはチェニンに叫んだ。
チェニンは、セナの態度に失望を隠せなかった。
セナは近づいてくるソンジェを押しのけて、部屋を出て行った。
ヨンス「ソンジェさん、あの子を追って!ここは私が見てるから」
ソンジェはうなずくと、すぐにセナが出て行った方へ追いかけて行った。
ソンジェは屋上に上がると、静かに、手すりに寄りかかっているセナに近づいて行った。
セナは顔を上げ、目の前に広がる夜景をじっと見ていた。
「ソンジェ、彼女の言葉を信じる?彼女は悪人かもしれない・・・。私をだまそうとしてるのかも・・・。わたし・・・」
ソンジェは、必死に自分の気持ちを隠そうとしているセナを見て、慰めるように、彼の腕の中に引き寄せた。
セナは黙っていた。
「ソンジェ、何で私が死に物狂いで成功したかったか分かる?私を捨てた人達を後悔させて、だれを捨てたか思い知らせてやりたかった。その人達に、痛みと傷を受けさせたかった。でも神様は、その人達を生かしておいてくれなかった。叫ぶチャンスも、怒りをぶつけるチャンスも与えてくれなかった。なぜ?私は、その悲嘆にくれる姿も見る事ができなかった。なぜ?長い間生きる支えにしてきた物は、みんな幻だった。ソンジェ、教えて。どうしてなの?」
ソンジェに思いの丈を言った時、すでに涙がセナの頬をつたっていた。
ソンジェはセナの悲しみを聞いて、彼にかつて起こった事を思い出し、もう一度彼女を腕の中に強く抱きしめた。
2−18
ミンチョルは、ミンジを大学のドアの外で待っていた。
彼女のクラスの展示会があり、作品を家へ持ち帰るのに手助けが必要だった。
彼は車に寄りかかり、ミンジを待つ間、ヨンスに
電話をかけていた。
「ああ、僕だ。セナの方はどうだった?」
ミンチョルは、これについても心配していた。
ミンチョルとミンジのために夕食の支度をしていたヨンスは、夫に話した。
「ソンジェさんが、セナについていてくれてるの。あの子何もしゃべらなくて。チェニンおばさんを、タクシーで家まで送ってあげたけど、彼女とても狼狽してたわ。あなた、私、明日チェニンおばさんを尋ねたいんだけど」
「いいよ、分かってる。明日、僕が車でそこへ送ってあげる」
ミンチョルは電話を切ると、ミンジがたくさんの絵を持って歩いてくるのを見た。
彼はすぐ駆けつけて、彼女からそれを受け取った。
ミンジは不平をこぼしていた。
「お兄ちゃん、これとっても重い。私の手が壊れそう」
「ほら、僕が持ってあげる」
ミンジは満足げに笑って
「これだから、お兄ちゃん大好きよ」
ミンチョルは絵を、車の後ろに積み込んだ。
ミンジは、車の中にギフトボックスを見つけると、興味深そうにたずねた。
「お兄ちゃん、これ何?」
ミンチョルは車を発進させると、答えた。
「贈り物さ」
ミンチョルは嬉しそうに言った。
「ワア、贈り物?私に?」
彼女は、ミンチョルが答える前にそれを解いていた。
ミンチョルは、彼女を止めるのが遅すぎたと見ると、運転を続けた。
しかし、彼女がその箱を開けてしまったのには、ミンチョルもお手上げだった。
「何、これ?ベビー服?私へのプレゼントじゃないわ」
「ヨンスへのだ」
ミンチョルは、いつものくつろいだ調子で答えた。
笑っているミンチョルを見て、ミンジはまたたずねた。
「お義姉さんへ?友達でもおめでたなの?」
ミンチョルは首を振った。
突然はっとしたミンジはたずねた。
「じゃあ、それって、お義姉さんがおめでたってことね!」
「ああ、昨日、検査に行って来たところだ。ミンジ、プレゼントを丁寧に包み直してくれ」
ミンジにそう言って、ミンチョルはハンドルを切った。
ミンジは、このすばらしいニュースに喜んで微笑み、彼女の兄をからかった。
「お兄ちゃん、おめでとう!お義姉さんにお礼言った?」
彼は赤信号で車を止めると、ふざけた妹の顔をつねってから、真面目に言った。
「ミンジ、お兄ちゃんはお前の助けが必要だ。もしできるなら、ヨンスを助けてやってほしい。あらゆる面で。そうすれば、僕も安心できる」
ミンジはからかったようにうなずき
「もちろん、そうするつもり。お兄ちゃんは私のお兄ちゃんで、お義姉さんは私のお義姉さんだもの。いつも私と一緒だもの。お兄ちゃんに言われなくたって、私そうするつもりよ」
ミンチョルは、妹の返事が嬉しかった。
そして、車を家へと向かって発進させた。
二人は、新しく彼らの家族に伝えられたニュースの幸せ気分に浸っていた。
突然、一台の車が赤信号を無視して突っ込んできた。
ミンジがキャアと叫ぶと同時に、ミンチョルの車に激しくぶつかった。
直接の衝撃を避けようと、ミンチョルはハンドルを切ったが遅かった。
彼はとっさに、自分の体でミンジをかばった。
2−19
キッチンでヨンスは、ミンチョルとミンジのための夕食の支度に忙しかった。
彼女は調理の火を見つめながら、セナとチェニンの事を考えていた。
彼女は、魚のスープをテーブルに置きながらも悩んでいた。
その時、器が滑ってスープが床にこぼれてしまい、彼女は驚いて声を上げた。
イ・ソンチュンはヨンスの叫び声を聞くと、心配して部屋から出てきた。
「どうした?けがは?」
「い、いいえ・・・」
ヨンスは、考え事をしていたとは説明できずに急いで答えた。
「すみません、お義父様。起こしてしまって。すぐに片付けます」
彼女は雑巾で床の汚れをふきながら、まだ考えていた。
ソンチュンが彼女を手伝おうとすると
「お義父様、どうぞあちらへ行って、休んでいてください」
ソンチュンはヨンスの手から雑巾を取り上げると
「大丈夫だ。このところ体を動かしていなかったから、いい運動だ」
ヨンスは義父に笑って答えると、器を持ってキッチンへ行った。
ソンチュンの心は、あの事件でどんなにミンチョルとヨンスを傷つけたかと思うと、感謝の気持ちでいっぱいだった。
ヨンスは家族のために尽くしていたし、ソンチュンの事をいつも敬って、気を使っていてくれる事を知っていた。
彼はこの義娘に、罪の意識を感じずにはいられなかった。
たぶん・・・、
その時、電話の音がかれの考えをさえぎった。
ヨンスは急いでキッチンを出ると受話器をとった。
「もしもし、イ・ミンチョルさんのお宅ですか?」
聞きなれない声がたずねた。
「はい」
ヨンスは丁寧に答えたが、いやな予感がした。
「病院からですが、イ氏が交通事故にあわれて、緊急の手術を必要としています。できるだけ早く、ご家族の方々に病院へ来ていただきたいのですが」
ヨンスは受話器を手にしっかり握っていた。
これを聞いて彼女は凍りつき、ショックで呆然とした。
受話器の向こうで話している事も聞かずに、震えて床にしゃがみこんだ。
ソンチュンはヨンスの様子を見ると、受話器を取り上げた。
彼は電話の声を聞きながら、ショック状態のヨンスを見ていた。
ヨンスはソンチュンに気がつくと、突然義娘としての務めを思い出した。
「私がしっかりしないと!」
電話を切った後ソンチュンは、彼の息子に起こった事を考え青ざめた。
「お義父様、私病院に行かなければ!後で電話をかけますから、心配しないで!」
ソンチュンは病院へと急ぐヨンスを見つめて、心の中で思った。
「ミンチョル、どうか無事でいてくれ!」
2−20
父から知らせを受けたソンジェは、すぐ病院へ向かった。
彼はまず救急室へ行き、狂ったようにミンチョルのベッドを捜したが、それは無駄だった。
突然彼は、ソンチュンがミンジについて言っていた事を思い出し、彼女に電話をかけた。
「僕だ!ミンジ、大丈夫か?泣かないで、今、どこにいるか教えて!6階の手術室2・・・」
ソンジェは6階へ急いで行くと、手術室の外の廊下にミンジはいた。
「ミンジ!」
彼女はショックで青ざめた顔を上げた。
彼女はソンジェを見ると、おぼれた人が助けを求めるように彼へ飛び込んで来た。
「ソンジェ兄さん、私・・・、私・・・」
ソンジェはミンジを抱きしめ、そしてゆっくりと引き離すと、怪我の状態を調べた。
「どこか怪我は?」
ミンジはズボンを引き上げながら、しかし涙をこらえる事ができなかった。
「私は平気よ!車の窓ガラスでちょっと足を切っただけ。でも・・・、お兄ちゃんが!お兄ちゃんがどうなってるか。死んだりしないよね?私のせいなの。お兄ちゃんは、私をかばって!なんで、お兄ちゃんが・・・」
気が動転しているミンジを見て、ソンジェは静かになだめながら
「心配しないで。兄さんは大丈夫だよ。さあ、泣くのを止めて。今、お前がしなくちゃならないのは、ヨンスさんを安心させてあげる事だ。彼女を心配させないで。兄さんのためにも、ヨンスさんの事をお前が見てあげなくちゃ。分かるね?」
ミンジは、ミンチョルが車の中で話していた事を思い出した。
「もしできるなら、ヨンスを助けてやってほしい。そうすれば僕も安心だ」
ミンジは涙を拭いて、ソンジェの言葉にうなずいた。
ソンジェは笑って彼女を元気付けた。
「僕は医者を捜して、詳しい事を聞いてくるから。もしヨンスさんがここへ来たら、よろしく頼むよ」
そう言うと、彼は担当医を捜しに行った。
「ミンジ!」
ヨンスは病院に着くと、ミンジを心配して呼んでいた。
「お義姉さん!」
ミンジはヨンスを見つけると、泣くのを必死に我慢した。
ヨンス「怪我は?看護婦さんが、あなたは足に怪我をしたって。他に怪我は?なぜ事故に・・・。あの人は・・・、彼はどこ・・・」
ミンジは心配そうなヨンスを見ると、ゆっくりイスに座らせた。
しばらくの沈黙の後、彼女は話し出した。
「お兄ちゃんは・・、私を大学に迎えに来てくれて、交差点で信号無視の車にぶつかって、私たち・・・。
お兄ちゃんは・・・、私をかばって・・・、私を守ろうとして・・・。お兄ちゃん・・・」
ヨンスは一心にミンジの言う事を聞いていたが、狼狽してたずねた。
「あの人は・・・、大丈夫よね?」
ミンジはバックの中から何かを取り出すと、ヨンスに渡した。
「これ、事故の前、お兄ちゃんが持っていた物なの。お義姉さんへのプレゼントよ」
ヨンスはしわくちゃになった箱を見て、そこについている乾いた血の後に触れた。
彼女の心の中に、傷ついたミンチョルの姿が浮かんだ。
箱を開けた時、もはや涙を止められなかった。
彼女は、箱の中の白いベビー服に触れた。
ミンジはヨンスをきつく抱きしめた。
「お兄ちゃんは大丈夫よ。まだお父さんになってないんだもの。何も起こるわけないわよ・・・。お義姉さん!強くならなくちゃ。お義姉さんが泣いているのを見たら、お兄ちゃんが狼狽しちゃうよ」
ヨンスはミンジを抱き返した。
「そうね・・・。あの人は大丈夫。私たち、泣いちゃダメよね!」
ヨンスは涙をこらえると、ミンジの涙を拭いた。
「ミンジ・・・、お義父さまに電話をかけてくれる?とても心配しているわ」
ミンジが電話をかけに行くと、ヨンスはベビー服を見ながら、やさしく自分の腹部をなでた。
「赤ちゃん・・・。これはあなたのお父さんから、あなたへの贈り物よ」
彼女は手術室を見て、夫がどこへも行かないように、静かに祈った。
「あの人は大丈夫よ・・・」
2−21
ソンジェが手術室へ戻ってくると、心配そうなミンジとヨンスが廊下のイスに座って待っていた。
彼は近づくと
「心配しないで。兄さんは大丈夫。先輩に聞いたんだけど、骨折の手術をしてるって。兄さんは、肩甲骨と鎖骨をやられたらしい。幸いにも複雑骨折じゃないし、他の内臓も大丈夫だって。それで今は、他の外傷の処置をしてるって。兄さんはすぐ良くなるよ」
彼の言葉に安心したヨンスとミンジはホッと息をついた。
ソンジェは続けた。
「兄さんは1,2週間の入院が必要だそうだ。どっちにしても、兄さんには休養が必要だったんだ。それと、事故で怪我をした事で、脳に異常がないか検査が必要だって」
ヨンスはソンジェの言葉にやっと安心して
「いろいろありがとう、ソンジェさん」
「当然でしょ。ミンジ、車で家まで送るから、兄さんの入院に必要な物を用意しないと」
ソンジェはヨンスの方を向き
「ヨンスさんはここにいて。すぐ戻ってくるから。大丈夫だよね?」
ヨンスは、彼にホッとした笑みを返すとうなずいた。
それから、ソンジェは怪我をしたミンジを気遣ってゆっくり車に乗せると、病院を後にした。
ミンチョルは手術の後回復室に入り、やっと彼の病室に戻ってきた。
ヨンスはずっと、病院のベッドに横たわるミンチュルの傍についていた。
彼を見ると、肩の一部が包帯に覆われていて、手術による傷はとても大きかった。
ヨンスは心が痛んだ。
彼の苦痛を思い、眉をひそめて、包帯に包まれた彼の顔をじっと見つめていた。
ヨンスはやさしく彼の額から髪をはらい、彼の暖かい顔に触れると、閉じられた彼の口をみて、彼の呼吸を聴いた。
彼女はやっと、宙に浮いたような心を休める事ができた。
ミンチュルはまだ、彼女の傍にいた。
2−22
3日が過ぎ、ソンジェが病院へ行くと、ミンチョルはベッドから起き上がり動く事ができた。
ソンジェは力を取り戻したミンチョルを見て、落ち着いて仕事に戻る事ができた。
ソンジェは軽い気持ちでミューズレコードヘ入って行った。
セナのアルバム”WAITING”はチャートのトップになっていた。
彼女は近頃仕事に没頭していた。
セナの事を考えると、ソンジェは再び心配になった。
「社長、また別の脅迫状です」
ゼネラルマネージャーのイ・ヤンスは手紙をソンジェに手渡した。
最初の手紙から、これで12通目だった。
「これで12通目だね」
「はい。でも今回は、内容が違っています。これは気味が悪いです」
ヤンスの言う事を聞いて、ソンジェは注意深く封筒から取り出した。
ソンジェはそれを見ると、すぐ封筒に戻した。
以前の手紙は、すべて新聞紙を切り抜いた言葉で書かれていた。
が、今回の物は何も書かれていなかった。
黒い紙に、最近の雑誌からとったセナの写真があった。
写真は赤いインクの殴り書きで覆われ、その赤い中にナイフでなぞられた跡が見られた。
それは本当に不気味で、ソンジェは不安になった。
彼はヤンスに言った。
「セナはどこ?今日はどんなスケジュールになってる?」
ヤンスは手帳を見て答えた。
「はい。午後、ミョンドンでサイン会があります。彼女はすぐ、オフィスに来ると思います」
ソンジェは手紙を机の上に置くと、ヤンスに言った。
「彼女が来たら、僕の所へ来るように言って。必要なら、午後のサイン会はキャンセルする。それとこの脅迫事件をメディアに知らせて、この背後にいる犯罪者にミューズレコードがこの事を真剣に調査している事を知らせて、彼にやめさせる。そして警察に報告して、もし必要なら、プロモーション活動中セナの安全を守るアシスタントを捜して」
ソンジェはヤンスに命令を出すと、深刻な顔になった。
ヤンスがオフィスを出て行くと、ソンジェは机の上の手紙をじっと見つめた。
彼は怒りがこみ上げるのを、抑えられなかった。
こんなヤツにセナは傷つけさせない
2−23
「ソンジェ、私を捜してるって?」
セナが、彼のオフィスに眠そうに入って来た。
「うん、来て。昨日は過密スケジュールだったって?とても疲れているみたいだね」
ソンジェは彼女を引っ張ると、彼女とソファに座った。
「いいえ。ナレに、彼女が私に作ってくれたスープを飲まされたせいよ。その間中、私は洗面所に行かなくちゃならない。あれには閉口しちゃう」
ソンジェはその理由に笑って、しかし彼はセナを見ながら別の事を考えていた。
「今日のサイン会、キャンセルしてくれない?」
「なぜ?ソンジェ、何言ってるか分かってる?キャンセル?どうして?」
セナは怒ってソンジェに聞き返した。
「セナ、脅迫状の事は知ってるだろう?君を危険な目に会わせるわけにはいかない」
「脅迫状、知ってるわよ。ナレが話してたから。それが何?私はそんなヤツ怖くない。来たら見つけ出して、簡単には逃がさない。こんないたずらで、私にサイン会をキャンセルさせるわけ?もう、私怒るから」
怒りを抑えられないセナは叫んだ。
「セナ、僕の言う事を聞いて」
ソンジェはセナを説き伏せようとした。
脅迫状への不安と同時に、彼はセナをどんな害にも会わせたくなかった。
「ソンジェ!私の言う事聞くべきよ。私は、サイン会をキャンセルしない。私を支えてくれるファンへのサイン会なんだから。私はその時、そこにいるつもりよ。聞いてるの?」
興奮しすぎたと思ったセナは、抑えて続けた。
「ソンジェ、私一生懸命仕事して、ついにステージに戻ったの。あなたに恩を感じてる。本当よ!でも私、私のために列を作ってくれるファンを、そんなちっぽけな理由で投げ出したりしない。私、絶対出る!これは私の夢よ!ソンジェ、私の感じてる事分かるでしょう?」
セナの深い思いを聞いて、ソンジェは彼女の澄んだ目をじっと見つめ、そして納得した。
「分かった。君の決意を尊重するよ。でも!僕に約束して。いかなる危険からも、君は君自身を守るって」
「ソンジェ!」
セナは興奮してソンジェに抱きついた。
「本当に心配いらないって。ナレが、私を守るためについていてくれるし、それに・・・、あの人も」
セナは突然声の調子を変えた。
「あの人?」
ソンジェは、彼女がこんな事を頼むのは誰だろうと思った。
が、セナのそばに特別な人がいる事を思い出した。
ウ・チェニン!
チェニンおばさんは、ナレがセナを世話するのを助けていたし、以前から彼女のそばについて来ていた。
はじめセナは、チェニンに腹を立て、この取り決めに反発していたが、しだいに、チェニンが彼女のそばにいる事がいいと認めたらしかった。
セナの性格はこんな物だ。
心中では許していたが、強情で、彼女自身鎧をかぶっていた。
人には、彼女の傷つきやすいところを見せなかった。
そして、セナは孤独を恐れていた。
ソンジェは強い意志のセナを見て、衝動的に彼女を彼の腕の中に引き寄せた。
セナは、突然のこのやさしい行為に驚いて、彼を見上げた。
彼女の心臓はドキドキしていた。
ソンジェは、こうしないとセナが消えてしまいそうで、彼女をきつく抱きしめた。
でも、なぜ?
なぜこのように感じるのだろう?
ソンジェは、自分自身に同じ質問を繰り返していた。
2−24
ミンチョルのために用意した魚のスープを持ったヨンスが病室のドアを開けようとした時、中からミンチョルの声が聞こえた。
彼女はそっとドアを開け覗くと、ミンチョルとキチャンが熱心に仕事の話をしていた。
「キチャン、この企画はいいと思う。この計画で進めて、あと日本からの要望も聞いてくれ。そしてこれをモニターして、アーティストのイメージと歌のスタイルを混合させないで」
ミンチョルはベッドに座りながら、手の中の書類に目を通していた。
そしていつものような断固とした態度で、キチャンに彼の企画の修正案を指導していた。
「はい、分かりました。社長は治す事に集中してください。会社の事は心配しないで、社長の指示どうりにやってますから。忙しく動いてますよ」
キチャンは答えた。
「分かった。がんばってくれて、ありがとう」
ミンチョルはスライディングテーブルを脇へやると、ベッドに横になってドアの所のキチャンを見た。
「社長、起き上がっちゃダメですよ。いいですね」
キチャンは答えると、あいさつし病室を出た。
彼は病室の外の廊下にいるヨンスを見て、丁寧に頭を下げた。
ヨンスもあいさつを返すと言った。
「ごめんなさい。あなた方にたくさん仕事をさせてしまって」
キチャン「いいえ、これは私の職務ですから。さあ、行かなくちゃ」
去ってゆくキチャンを見て、ヨンスは向きを変え病室へ入った。
「やあ、来たの!外はとってもいい天気そうだね!」
ミンチョルは、いつもの笑顔をヨンスに送った。
ヨンスは静かにスープをテーブルに置くと、器に注ぎはじめた。
「さあ、真っ先に飲んでね」
ミンチョルはヨンスをちらっと見て、素直にスープを受け取った。
彼は一気に飲むと、器をヨンスに返した。
彼は、彼女をいぶかし気に見てたずねた。
「調子よくないの?疲れた?」
疲れた?
いつも病院に長時間いるヨンスはどんなに疲れているだろう。
ミンチョルはヨンスをすぐ家に帰すべきと思っていた。
彼は病院内のたくさんの菌が、ヨンスの健康に影響を与えるのではと心配だった。
それでミンチョルは、いつも夜は病院に一人でいるのだった。
「あなた!あなたはベッドに寝てなきゃならないのに、また仕事の事を考えて。会社の仕事が心配なのは分かるけど、あなたには休養が必要よ。今からあなたの携帯を取り上げるわ!」
ヨンスはベッドのミンチョルを見ると、良好そうに見えたが、まだ頭には包帯が巻かれていた。
ヨンスの心配を知って、ミンチョルは笑った。
「僕の事は心配しないで!もし君が携帯を持っていってしまったら、君の事を思って、君の声が聞きたくなったら、僕はどうすればいい?」
夫のふざけた答えを聞いて、ヨンスは怒っていいのか笑っていいのか分からなかった。
「分かったわ。携帯は取り上げないわ。でも、他の物を置いていきます。ミンジに来てもらって、夜はあなたと一緒にいてもらうの、どう?あなたを病院に一人置いておくのは、私、心配よ」
「いいや、それでは皆疲れてしまう。ミンジは授業に出なければならないし、君も仕事をしなくてはいけない。自分の面倒くらい見れるから。見て!今はこんなに元気だ」
ミンチョルは、ヨンスの前で腕を振って見せた。
ミンチョルを見て、ヨンスの心は痛んだ。
事故にあった時、3日間ベッドから下ろす事もできなかったのを、彼女は知っていた。
傷の痛みはともかく、彼の体中の骨は脱臼したように痛んでいた。
今手術がすんでミンチョルは、ヨンスや他の皆に心配させまいと、大丈夫な所を見せるのだった。
ヨンスはミンチョルに腕を下ろさせようと、やさしく彼の手を握った。
「今私は、あなたが健康で傍にいてくれるだけでいいの。あなたの事故の知らせを受けた時、私は気が動転してしまったの。私は、あなたなしでは何もできないわ!」
ヨンスの目にたまった涙を見て、ミンチョルはやさしく彼女を腕の中に引き寄せた。
「ごめん、君に心配をかけてしまって・・・。僕は意識不明だった時、僕の母を見た。母は何も言わないで、僕に微笑みかけていた。その笑顔を今でもはっきり覚えている。その時、僕は君の事を考えた。君は母と同じ笑顔をしている。僕は、君と交わした約束を忘れない。ずっと君のそばにいるよ!」
ヨンスは悲しみを振り払うと、笑顔になって
「本当?」
ミンチョルは決意を持って答えた。
「本当さ」
たぶん、彼らにこのような生と死の体験させたのは運命の仕業だ。
それを一緒に通り抜けた二人は、より以上にお互いを思いやり、お互いの思いを宝物とする事ができた。
たとえどんな富を持っていても、心と魂を結ぶ人を持つ事はできないだろう。
2−25
ソンジェとセナは救急車に乗っていた。
セナは心配そうに、彼の腕の傷を見ていた。
これはソンジェの言う事をきかなかったセナのせいだった。
サイン会は強行され、その犯人は彼を傷つけるチャンスを得た。
セナは彼の手を強く握り締め、彼の傷と血から決して目を離さなかった。
ソンジェは彼女の頭に手を伸ばし
「僕は大丈夫!ちょっとしたかすり傷だよ。本当だ。こんな小さな傷で病院へ行くのはきまりが悪いよ」
セナ「何言ってるの!私の巻き添えをくわなかったらよかったのに。なんでじゃましたのよ!なんで私を助けたのよ!」
いつも傷ついた時に見せるやかましく叫ぶセナの声を聞きながら、ソンジェは弱弱しく笑って
「死んだわけじゃないんだから。それにあの異常者は、警察に逮捕された。今僕は、君が傷つけられる心配がなくなってホッとしてるんだ」
セナは本当に安心したようなソンジェを見て、サイン会で起こった事を思い出していた。
セナがミョンドンに現れた時、彼女はカジュアルジーンズにシャツ姿だった。
セナはインタビューを受けるため、ホストと共にステージに上がっていた。
ナレとソンジェはきっちりと警戒された中、ステージの前のファンを見つめていた。
たくさんのファンが、ステージの周りで歓声をあげていた。
ソンジェはこの体制を保つように主催者に要望していた。
その体制を助けるスタッフたちも送り込んでいた。
ファンの歓声が上がる中、セナは”WAITING”を歌い出した。
するとすぐファンは、彼女のバラードを聞くため静まりかえった。
ソンジェは、ステージで輝いているセナを見ていた。
今彼女は本当に成功した歌手であり、彼はその成長の立会人だった。
ソンジェはセナのサイン会を開く事に同意はしたが、彼はまだ危険を感じていた。
それゆえ、彼は彼女についてここに来ていた。
たぶん彼の思い過ごしだろうが。
ファンが列を作り、サインをもらいにステージに来る間、セナは用意されたイスに座っていた。
異常者が現れる恐れから、スタッフは彼女の後ろと脇に配置され、ソンジェはステージに来るファンに細かに目を通していた。
セナはソンジェの心配に対して、ちらっと彼を見た。
セナは気取らず、暢気にファンのために歌っていた。イベントが終わりに差し掛かった時、誰もが気を緩めていた。
突然、セナの後ろのスタッフが、手にナイフを持って襲い掛かって来た。
誰もが叫び声を上げていた。
ファン、スタッフ、ナレ・・・。
幸いにもセナは、スナックでの経験が功を奏したのか、その時ひょいと頭をさげその男から飛びのいた。
しかし、彼女はただの一人の女性であり、彼女より強い男にとって敵ではなかった。
セナがコーナーに追い詰められた時、叫び声が上がる中、ソンジェがするりと割って入り、男を殴りつけると、二人はもつれ合いになった。
その時スタッフが助けに入り、男はついに捕らえられ、警察に渡された。
ソンジェは男を打ち負かした後、すぐセナの所へやって来た。
「大丈夫?」
セナはまだショック状態で、ただソンジェをじっと見ると短くうなずいた。
突然、彼女は彼の腕の傷を見て叫んだ。
「怪我してる!」
そして、ソンジェとセナは病院へ行くことになった。
2−26
この知らせを聞いたミンチョルとヨンスも、救急室へ駆けつけていた。
ミンチョルと同じ病院だったため、ミンチョルとヨンスは外で救急車の到着を待っていた。
心配そうなミンチョルとヨンスを見て、救急車から降りたソンジェは笑った。
「僕は大丈夫。そんな風に見ないでよ」
セナにも忘れなかった。
「ほら見て、きまり悪いって言っただろう」
傷の手当てが済むと、ソンジェはミンチョルと一緒に彼の病室に戻った。
後から、いやな体験をしたセナをヨンスが慰めながらついて来た。
心配そうなセナを見て、ミンチョルは弟をからかった。
「お前は僕と一緒に、この病院に入院したいんじゃないか?さもないと、誰かが心配病になるだろう」
ミンチョルをベッドに寝かしながら、ソンジェはセナをちらっと見て冗談ぽく答えた。
「それはいい考えだ!休む事ができる。あっちこっち走り回るのは、本当に大変だ」
それを聞いたセナはすぐ答えた。
「本当に入院したいの?そしたら私、毎日来るからね!ねえところで、何食べたい?私、用意するから」
ミンチョルとヨンスが互いに分かったように微笑むと、ソンンジェは
「真面目にとるなよ。もし僕がこんな小さな怪我で入院したら、他の人はどうなるの?本当にバカだな」
「ふん、何言ってんのよ!それはソンジェの考えで、私をバカにするの?あなたって本当におかしい!」
セナは非難した。
止まらない二人のやり取りを見てヨンスは
「分かったわ。二人ともやめて。ここは病室よ。患者さんには休息が必要よ」
ミンチョルも協力し、痛そうな表情をした。
セナとソンジェはきまり悪さを感じ、言い争いをやめた。
セナとヨンスは、今夜の夕食の買出しに近くのマーケットへ出かけていた。
ソンジェはミンチョルと一緒に病院で、セナとヨンスの帰りを待っていた。
「で、犯人は捕まったのか?」
ミンチョルはたずねた。
「ああ、ナレさんから今電話があって、あいつは常習的犯罪者で、彼の精神状態は不安定で幻を見ていたって。以前誰かに目を付けて、傷つけてみようとしたらしい。警察はかれに目を付けていた。そう、そして解決した!」
ソンジェはりんごをむきながら答えた。
「セナさんは、お前の事をとても心配している」
ミンチョルは言った。
「知ってる」
「お前はどうなんだ?」
ミンチョルはりんごを取りよく調べた。
ソンジェは兄を見て笑った。
「分からない。僕もセナの事は心配だ。以前僕は、父さんを憎んでいた。兄さんも憎んでいた。でも今、これ以上自分をだます事はできない。僕の深い所で、兄さんと父さん、ミンジとヨンスさんを愛してる。でも、セナへの自分の気持ちが何なのか分からないんだ。ただ分かるのは、セナを守りたかった。たぶん・・・、ある日、僕の気持ちは変わるかもしれない」
ソンジェの言葉を聞いて、ミンチョルは分かったようにうなずいた。
「たぶん、自然の成り行きでそれが一番だ。でももし、お前が本当に何かをほしいなら、そのために戦いを始めなければならない。その時、お前はどんな後悔もしないだろう」
ソンジェ「そのつもりだよ。僕はいつだってほしい物を手に入れる事に決めてきた」
ミンチョルは、成長したソンジェを見た。
たぶん、これから先たくさんの障害があるかもしれない。
しかし一つの心が固まるなら、勇気をもって目の前のハードルに向かうなら、たぶんハードルを越えて、望んだ未来があるだろう。
決意を持って立ち向かった日々、それぞれの日々は幸せな思い出で満たされ、そして、それぞれの日々は美しき日々となるであろう。
2−27
ソンジェは、高速道路を彼のベンツで走っていた。
彼は走っている間、彼の新しい曲をカーステレオで聴いていた。
ピアノ演奏のシンプルな旋律を聴きながら、彼は眉をひそめていた。
彼は、最近の彼の仕事に満足していなかった。
彼はCDプレーヤーを切ると、CDを取り出し横のシートに置いた。
不快な思いは横へ置き、彼は空港からVIPゲストをつれて来る事に集中した。
ソンジェは上司である本当のミューズのオーナー、ヤン・ミミから長距離電話を受けていた。
「もしもし?ソンジェ君?私、アメリカで興味深い新しい才能を見つけたの。あなたも気に入ると思うわ。すでに彼とは契約書にサインしたから。彼は韓国へ向かっているから、空港まで迎えにいってあげてちょうだい。彼、本当にいいわよ」
ヤン・ミミとの電話の会話から、新しくやって来る人物は特別に違いなかった。
ヤン・ミミから賞賛を受けるくらいに。
彼女は会社への財政後援と、ソンジェへ残した会社の発展に感心を持っていた。
ソンジェは、この新たな才能の持ち主にとても会ってみたかった。
ソンジェは空港の到着ホールに入ると、アメリカ発韓国着のフライトをディスプレーボードで見た。
彼は遅れてしまったらしかった。
彼はあたりを見回した。
空港は出発する人、到着する人でいっぱいだった。
ソンジェにとって、この人ごみの中からやって来た人物を見つけるのは、海で針を探すようなものだった。
彼は写真さえ見ていなかった。
彼がそれらしき姿を気にしながらあたりを捜していた時、2,3人のスチュワーデスが一人の若い男を囲んで笑っているのに気がついた。
「あなたはアルバムを出すって言ったけど、あなたって有名なスターなの?」
一人のスチュワーデスが言っていた。
「もちろん!そしてNO.1になるだろう。僕のアルバムが出たら、君に1枚送るよ。とにかく、僕は投資されてるって事」
若い男は尊大な表情で言っていた。
ソンジェはスチュワーデスに、その傲慢な若者について尋ねたかった。
彼は立ち止まり、注意深くその若者を見た。
その若者は、彼には大きすぎるダブダブのズボンとシャツを着て、首には十字架のついたシルバーのネックレスをしていた。
それはヒップホップスタイルだった。
ソンジェは、この未熟な若者を笑わずにはいられなかった。
この浮ついた若者は、目の前のスチュワーデスの注目を集め、自慢して楽しんでいた。
その若者は、ソンジェがじっと見ているのに気がついたらしかった。
彼は肩まで伸びた髪をなでつけ、ソンジェの目を見た。
彼もまた、ソンジェの事を軽蔑しているように見て取れた。
ソンジェはダークグリーンのスーツを完璧に着こなし、それは彼を十分ハンサムに見せていた。
スチュワーデスがもう一人のいい男を賞賛した時、若者はソンジェのところへ来て質問した。
「あなたがイ・ソンジェさん?」
ビックリしたソンジェの表情を見て、若者は勝利を手にしたように彼の後ろにいる女の子たちに言った。
「さあ、行こう!僕の運転手が来た。じゃあね、かわい子ちゃん」
彼のこの言葉に、彼女たちは賛美を送った。
彼はさよならのなげキッスをした後、ソンジェの方を向いて
「ここで何つっ立ってるの?さあ、僕の荷物を持って、行こう!」
ソンジェはこの場に、怒るべきだろうか笑うべきだろうかと思ったが、目の前の若者はそんな事お構いなしに、彼に命令した。
ソンジェは沈黙を破ってたずねた。
「君の名前は?どうやって僕だと分かった?」
気難しそうな若者は答えた。
「僕の名前はイン・ジャンス。ミミオーナーから、あなたの写真を見せてもらった。ふーん、あなたはどう見ても、たいして良くは見えないな」
そういって向きを変え、女の子たちといちゃつき続けた。
ソンジェはしかたなく、すべての荷物を集め、ジャンスを駐車場へつれて行った。
ジャンスはポケットに手をつっこんで、自分の荷物を持とうともしなかった。
ソンジェは、かれの荷物を車まで運ばなければならなかったし、彼のためにドアさえ開けてやった。
車にくつろいで座っているジャンスを見て、本当に運転手みたいだと感じた。
彼は頭を振って、ミューズレコードへと車を発進させた。
2−28
ミンチョルはベッドに腰掛け、シャツのボタンをかけていた。
彼は2週間病院で寝ていたが、今日は嬉しい日だった。
彼は嬉しそうにベッドから出ると、着替えをバスケットから取った。
その時ドアが開き、すぐに彼は笑った。
最愛の妻ヨンスが来たから。
「用意できた?整理するの、私が来るまで待っていればよかったのに」
ヨンスは回りを見回し、部屋の物が全部荷造りできたか確認した。
彼女は彼の喜びが分かっていたし、彼女も同じ思いでいっぱいだった。
「さあ、行こう!」
ミンチョルはヨンスにかわいい笑顔を送った。
彼はやさしく彼女に腕を回し、一緒に病室を出た。
彼は髪をピンで留めたヨンスを見て
「ミンジは学校?僕が入院している間、君はたいへんだっただろう?」
「何を言ってるの!私はあなたの奥さんよ。当たり前の事だわ。そうだ、今日、何が食べたい?あなたのために作るわ」
ヨンスは言った。
「んー、今日?ピリ辛の魚のスープと焼きむすびと混ぜご飯と・・・、何でも食べたい」
ミンチョルの入院中、ヨンスは十分の栄養が取れているか確かめたかった。
彼女は病院食とは別に、彼の好きな食べ物を用意していた。
これは、いつもヨンスがミンチョルにたずねていた質問だった。
彼の答えと表情から、今日ミンチョルが本当に喜んでいるのが分かった。
「君は今日、本当に喜ばなくっちゃ」
ミンチョルは何かを思い出したように、頭をヨンスに押し当てて
「んー、家へ帰るのはすばらしい!やっとまた、君と一緒に眠れる!」
それを聞いたヨンスは、顔を赤くした。
彼女はひじで彼を小突いた。
ミンチョルは、ヨンスの顔が変わったのを見て笑った。
「本当に、赤くなった君はかわいい」
ヨンスはすぐ怒ったふりをして黙った。
ミンチョルは、妻のその反応に気づくと言った。
「僕は、君の怒った顔も好きだ」
彼女は、彼の魅力には勝てなかった。
ヨンスは笑顔を取り戻すと、夫を見た。
すべてが以前のようだった。
彼はあいかわらずハンサムだったし、その献身もやさしさも変わらなかった。
彼女が大切にしている物すべてが、そこにあった。
妻がこちらをちらっと見たのが嬉しくて、ミンチョルの心は温まった。
昔のミンチョルならこうは感じなかったろう。
以前、彼は決して愛を信じなかった。
長い間の彼の父や義母やソンジェに対する憎しみが正当なものでないと知った時、彼は自分の半生がとんだ茶番のように感じた。
彼は距離を保ち、幸せや周りの人たちから心を閉ざしていた。
それは彼自身の選択ではなかったが、彼の心は疲れて孤独だった。
しかし彼はまた、幸せとはどんなものか知りたかったし、幸せを感じたかった。
そして、ヨンス・・・。
彼女こそ、彼に愛とは、幸せとは何かを教えてくれた人だった。
そして彼の孤独を追い払い、彼女の愛に取って変えたのだった。
2−29
ヨンスはかごに入れた果物を持って、セナの家へ向かっていた。
セナは今日、オフで家で休んでいた。
いつもナレとセナは、スケジュールに追われ急がしく走り回っていた。
彼女たちは忙しいと、何もかも忘れてしまうのだった。
今セナのニューアルバムはとても人気があり、彼女のプロモーションのスケジュールと注目度は増していた。
ナレがセナの世話をしていたけれども、ヨンスは彼女たちにしばらく会っていなかったので、とても心配していた。
彼女たちがオフだと聞いたので、マーケットでセナの好きな果物を買って、彼女たちの所へ行った。
ヨンスは屋上部屋へ上がって行きドアをゆっくり開けた。
家で寝ていると思っていた二人が起きているのではと心配だった。
そしてチェニンが、バルコニーに座っているのを見るた。
彼女の横には、たくさんのセナとナレの服があった。
ヨンスは笑って彼女の方へ近づいて行くと
「おはようございます、おばさん」
ヨンスはチェニンに挨拶した。
「あら、いらっしゃい。おはよう」
チェニンは仕事の手を休め、彼女の方を向いた。
ヨンスは果物のかごをイスに置き、袖を捲り上げると「おばさん、手伝います」
彼女はすぐ服を一つ取ると、洗濯し始めた。
「いいえ、いいのよ!さあ、向こうへ行って」
チェニンは急いで答えた。
彼女はヨンスとセナの間に何があったか、ナレから聞いて知っていた。
彼女は、セナを本気で心配してくれている彼女に対する感謝でいっぱいだった。
「平気です、おばさん。二人でやったほうが早いわ」
ヨンスは笑ってチェニンに答えると、バケツに水を満たした。
そしてチェニンの横に座り、服を洗濯し始めた。
すでに洗濯を始めたヨンスを見てチェニンは何も言えずに、セナの服を一つ取り上げると水に浸した。
服をじっと見つめながら、彼女はヨンスに言った。
「セナの事だけど・・・、私はあなたにとても感謝しているの」
ヨンスは振り向いて彼女を見た。
彼女は続けた。
「私、セナとの和解では努力しました。でも、セナにとって本当にこれで良かったんでしょうか?これまでずっと、私は鏡を見るたび、そこに”あなたの手に私の娘を残していくわ”と話す妹を見ました。私の妹は活発で、強くて・・・、セナと同じです。負けを認めない頑固さはミンクィンに似てるかもしれません。セナを見つける事は、ただ私の妹への義務を果たすだけでなく、私自身への償いでもありました。そしてついに、私は自分の肉親を見つけました」
ヨンスは、白髪交じりの髪としわが過ぎ去った年月を物語っているチェニンを見た。
彼女はもう若くはなかった。
今までずっと、チェニンの中には決意と後悔があった。
彼女はずっとセナを捜しながら、一人で生きてきた。
ただ彼女の肉親と手に手を取る感動のため、家族としてのセナを見つけるために。
ヨンスは感動していた。
彼女はチェニンの手をやさしくつかむと言った。
「セナはとっても運がいいわ。あの子はすでに、自分が持てる以上の物を手に入れてます。おばさん、セナの前に現れてくれてありがとう。私、あの子のお母さんが生きていたらきっとそうするように、あなたがあの子を守ってくれると信じてます」
2−30
ソンジェはジャンスを連れて、アパートの前に来ていた。
ここは初め、ヤン・ミミがソンジェのために用意した所だった。
しかし彼はオ・ジョンフン先輩の部屋に住んでいたので、この部屋は空だった。
だから、ジャンスに使ってもらうのがちょうど良かった。
彼は韓国に知り合いはなく、なによりミューズレコードの一員だった。
専属歌手には、相当な部屋を与えるのは当然だった。
ソンジェはドアを開け、彼の後にジャンスが続いた。
「ここがこれから君の部屋だ。好きなように使ってくれていい。今日はここで休んで、明日君を会社に連れて行くから」
ソンジェは、アパートに光を入れると言った。
昨日ジャンスと空港で会った後、ソンジェは会社に連れて行きたかった。
しかし、ジャンスはそれとなく彼に言った。
「僕は飛行機を降りたばかりで疲れてる。休みたい!」
それは一種の不平だったが、長い距離飛行機に乗ってきたのは本当だったし、飛行機の遅れで疲れているはずだった。
ソンジェは、彼をジョンフンの部屋に連れて行った。
しかし彼の態度は、感謝している風ではなかった。
彼がジョンフンの部屋に入った時、ジャンスは向きを変えソンジェに言った。
「ここはどういう所なんだ・・・。僕はここに泊まりたくない。僕は最高のホテルがいいな」
日ごろ温和なソンジェでさえ、堪忍袋の緒が切れた。
彼はその若者に厳しく答えた。
「そうか!でも、今日君はここに泊まるんだ。他に行く所はない」
ジャンスは突然黙った。
この沈黙のせいで、その場の雰囲気は気まずくなった。
ソンジェはジャンスの答えを待って、黙っていた。
その沈黙を破ったのはジャンスだった。
彼はゆっくりソンジェの周りをぐるっと回って、ソンジェが彼のために運んできた荷物を取り上げた。
勝ったような笑みを浮かべて、彼はソンジェの肩を軽く叩くと
「分かった、ここに泊まろう!今のはちょっと言い過ぎた。あやまるよ」
その夜、ジャンスは何事もなく床に眠った。
ソンジェは、この若者にいろいろ疑問があり眠れなかった。
彼はこのように、すぐ切り替えられるタイプだった。
ソンジェはひそかに、彼の経歴を調べなければと決意した。
正直、彼には興味をそそられた。
部屋は、ヤン・ミミの要望で改装されていた。
そのアパートは、いごこち良さそうなベッドルームとリビングとキッチンがあった。
ソンジェのために作られた防音スタジオも、電子オルガンと録音システムがまだそのままだった。
が、そこに移転したのは、ソンジェではなくジャンスだった。
ジャンスは部屋を見回し、軽くうなずくと言った。
「OK、明日ここへ来て僕を連れて行ってくれ。さあ、もう行って」
ソンジェはアパートを後にした。
彼は車のシートに座った。
まだ、ジャンスの過去の糸口はつかめていなかった。
彼は、オフィスに戻ったらヤン・ミミに電話をかけようと決めた。
2−31
ライトグレーのスーツを着たソンジェはミューズレコードに来ていた。
彼は自分のオフィスに座り、向かい側にジャンスが座っていた。
ジャンスはいらいらしていた。
「会社を案内してくれるんじゃないの?僕たちは今何をしているの?人生を無駄に・・・」
ソンジェはちょっと眉をひそめてジャンスをじっと見た。
昨日ヤン・ミミへ電話をかけたが、ジャンスについて使える情報は見つける事はできなかった。
しかし彼はジャンスの性格を見抜いていた、今のような・・・。
彼がいらいらしているのは、彼の注意をそらしたいからだった。
ソンジェは笑って穏やかに答えた。
「がまんして、まだ早い。君がミューズレコードにいる今、まず会う必要がある人がいて・・・」
「誰?」
ジャンスは彼の言葉をさえぎった。
ソンジェが続けようとした時、ドアが開いて明快な女の人の声がした。
「ソンジェ、早いじゃない!ご飯食べた?・・・」
セナだった。
彼女はソンジェから目をそらすと、見たことのない人物がいたので言葉を留めた。
彼女は若い男をいぶかしげに見ると、ソンジェの傍に行ってそっとささやいた。
「彼は誰?」
ソンジェはセナの肩に手を置くと、ジャンスに言った。
「彼女はキム・セナ、ミューズレコードのベストシンガーで、君の先輩だ」
そしてセナに向かって
「彼はイン・ジャンス。ミミオーナーが、アメリカで見つけた新人だ。二人を会わせたのは、一緒に仕事をしてもらうため。二人を正式に紹介する事は、ミミオーナーの考えなんだ」
「イン・ジャンス?あなたアルバム出してる?」
セナは、目の前の着飾った若い男の対して、とても礼儀正しいとは言えなかった。
彼女は、ソンジェが紹介したした時、彼がちらっと彼女を見ただけだったので怒っていた。
なんて失礼なやつ!
セナが怒っているにもかかわらず、彼は髪の毛を振り払って笑っていた。
「先輩?このチビが僕の先輩・・・?君はきっと、僕に威張り散らすんだろう?」
「私の事、何て言った?あんたがどれだけせが高いって言うの?あんたの長い髪、不気味よ!」
「長い髪が不気味?何て事言うんだ!少なくとも、君よりは10倍はよく見えるね」
とジャンスは続けた。
「あんたねえ・・・」
セナが非難しようとしたところで、ソンジェが彼女の後ろで咳払いをした。
それを聞いてセナは黙った。
彼女は振り向き決まり悪そうに笑うと、緊張した声で「ここはやめとくわ。あんたみたいに、わけ分かんないやつ。どの道、私たちは合わないでしょう・・・。私これから、行く所があるから。分かった?」
ジャンスは面白そうに聞きながら、セナをじっと見ていた。
セナも彼をじっと見つめ、ゆっくり腕まくりをすると戦う準備をした。
ソンジェはセナの肩を軽く叩くと、彼女がにらみつけているのを止めさせ、ソンジェの横に立たせた。
ソンジェはセナに笑いかけると、ジャンスの方を向いて
「さあ、セナが君にオフィスを案内してくれる」
「ソンジェ・・・!」
セアは自分の耳を疑った。
ソンジェが私に、この不愉快な男をオフィスの案内に連れて行けだって。
セナはいやだったが、ソンジェの顔を見ると、彼の言葉にいやとは言いたくなかった。
彼女はこの仕事をやらないわけにはいかなかった。
「分かった・・・」
セナは答えた。
いやいやながら気のない返事をするセナを見て、ソンジェが勇気付けるように頭に手をやると、すぐさまセナは彼を見て微笑んだ。
ジャンスは、二人の間のやり取りをじっと観察していた。
「君たちは、どんな関係?」
彼は好奇心むき出しだった。
そしてとても無礼な態度で、彼の先輩に言った。
「セナ、さあ行こう!」
セナはジャンスに嫌悪の目を向けた。
ソンジェの傍にいる口実をみつけるのは、すでに難しかった。
今日はまだ仕事もあったし、セナはいやいやソンジェと別れた。
彼女はドアの所で待っているジャンスに言った。
「ついて来て」
ソンジェはテーブルの端に寄りかかり、セナとジャンスが一緒に出て行くのを見ていた。
セナの感情走った性格は分かっていたが、今ジャンスを相手にして、ソンジェはミューズレコードの行く末を心配してもしかたなかった。
しかし、たぶん、彼らは火花を散らすことだろう。
2−32
ミンチョルは会社に早くから来ていた。
今週は、入院していたために遅れてしまった仕事をするため一番に仕事を始め、仕事のペースも上げていた。
彼は机につくと、机の上のヨンスの写真に微笑みかけた。
ヨンスと生まれてくる子供のために、彼は仕事を頑張った。
彼は書類を読むためグラスを机に置くと、仕事に没頭した。
電話が鳴って、自動的にミンチョルは受話器を取った。
「もしもし、イ・ミンチョルです」
「ヨンス?今どこにいるの?」
ミンチョルはすぐ時計を見た。
彼は仕事に没頭していたため、時間の過ぎるのを全く忘れていた。
もうすでに4時になっていた。
ヨンスの仕事の終わる時間だった。
「バスの中よ。ミンジは集会に出かける予定だし、お義父様もお友達に会いに行っていないの。帰ってきて夕食にしない?」
ヨンスはやさしくたずねた。
「うーん、それじゃ、君は今日休んでもいいんじゃない?外で一緒に食事をしよう」
とミンチョルは言い出した。
「いいわ。私、ミンジを送ったら、その後あなたのオフィスに行くわ」
ヨンスはミンチョルに答えると、降りる準備をした。
「じゃあ、待ってるから」
ミンチョルは微笑みながら電話を切ると、仕事に戻った。
ヨンスはVARIOUSのある6階に駆け上った。
彼女はミンジを、いつも行く画材屋さんへ送って行った。
他の画材を見ているうちに時間がなくなって、急いで買い物をした。
ミンチョルは待っているし、たぶん心配しているに違いなかった。
彼女は足早に会社に入ってみると、すでに誰もいなかった。
ヨンスはまだ明かりのついているオフィスの方へ行ってみた。
彼女はガラスごしに覗いてみたが、ミンチョルは見当たらなかった。
彼女は困って部屋へ入っていくと、ミンチョルはソファでぐっすり眠っていた。
彼女はそっと近づき、彼の横にひざまづいた。
彼女は、やすらいだ表情としっかりした寝息を聞いて、愛しそうにミンチョルを見つめた。
彼の疲れた様子を見て、彼女の心は痛んだ。
ヨンスはイスから彼の上着を取ると、やさしくミンチョルにかけた。
これは、彼女が以前ミンチョルのためにした覚えのあることだった。
その時は、彼は目を覚ました。
が今回、彼は本当に疲れているのか、目を覚まさなかった。
ヨンスは彼の傍に座り、その時の事を思い出していた。
以前、ミンチョルは冷淡で、他人と距離をおいていた。
それは彼女を感情的に不安定にさせた。
そして誰も彼を理解できなかった。
ミンチョルの冷淡さは、彼が感情を表す事ができないことに起因していた。
ミンチョルの距離は、彼の父やソンジェや義母に対する憎しみのせいだった。
実際、ミンチョルは孤独を恐れていた。
これが彼が常に尊大で、人前で冷淡な態度を取ることの理由だった。
ミンチョルは、彼や彼の心に誰も近づけなくさせる事で、心を傷つけていた。
ヨンスが彼と恋に落ちた時、彼を幸せにしたいと言うのが彼女の唯一の願いだった。
今、ミンチョルはやさしくて思いやりがあった。
彼はソンジェへの憎しみを忘れていたし、二人の仲は、信頼し合い助け合う本当の兄弟のようであった。
冷酷なミンチョルかやさしいミンチョル、無常なミンチョルかふざけたミンチョル・・・。
それは重要な事ではなかった。
一人の男に属するこれら全てが、彼女の人生の真実の愛だった。
ヨンスが思い出に浸っていると、ミンチョルは眠りから覚めゆっくり目を開けた。
ヨンスが横にいることに気づき、ちらっと時計を見るとすでに8時だった。
彼はすばやく起き上がり、ヨンスに言った。
「ずっとここにいたの・・・。なんで起こしてくれなかったの?
ヨンスは言った。
「ごめんなさい。遅れてしまって・・・。天使のようにぐっすり眠っているあなたを見ていたら、起こすのに忍びなくて」
ミンチョルは笑って
「天使?この天使はお腹がすいた・・・。何が食べたいか、天使の奥さんに聞いてもいいかな?」
ミンチョルはテーブルのグラスに手を伸ばすと、それが空なのに気がついた。
「私が持ってきてあげる」
ヨンスはグラスを取ると、パントリーの方に行こうと向きを変えた。
「あっ・・・」
ヨンスの小さな叫び声に心配になってミンチョルが顔を上げると、彼女は痛いような表情をしていた。
彼はすぐ彼女を座らせると
「ヨンス、どうした?」
ヨンスは腹部にさわり、ゆっくりと驚いたように答えた。
「私たちの赤ちゃんが、今私を蹴ったの」
「本当!」
ミンチョルはほっとして、手を伸ばし腹部をなでた。
手を通してわずかな動きを感じる事は、電流が流れたように、ミンチョルとヨンスに衝撃を与えた。
ミンチョルは感動し、彼の視線に満足そうな笑みで答えたヨンスを見た。
彼は、彼女の頬に軽くキスをした。
これが僕の妻・・・、僕の子供・・・。
彼は、世界中で一番幸せな家庭を手に入れていた。
2−33
ミンチョルとヨンスは夕食からの帰り道、心地よい秋のそよ風の中、地下鉄の駅へ向かってぶらぶらと歩いていた。
ミンチョルはヨンスを腕に抱き、彼女は今日とても美しく見えた。
つわりはだいぶ良くなってきていた。
男らしくしろ・・・。
ヨンスが妊娠初期に吐いていたとき、初めて彼はこれを経験した。
ミンチョルはヨンスがキッチンへ駆け込むたび、調子が悪くなるたび途方にくれた。
ヨンスは妊娠してから、食べ物の好みが変わった。
彼の一番の心配は、彼女の体調だった。
これら全ての変化を、彼女の体がどのように受け入れているか・・・。
この変化は生活を新しくした。
ミンチョルは逃げることなく、これに向かい合わなければならなかった。
「何考えてるの?」
ミンチョルはわれに返ると、彼女に微笑んだ。
「君の健康」
不思議そうなヨンスの顔を見て、彼は説明した。
「君が妊娠した時の事を考えていた・・・。あの時は本当に苦しかった」
ヨンスは心配そうなミンチョルの目を見て、軽く答えた。
「ええ、あの時はいつも疲れていたし、時々めまいもした・・・。今、あの時を振り返って、実際あなたは大変だったと思うわ。あなたは、私のつわりに立ち向かわなければならなかった。私は気分がゆれていて・・・、いい気分の時もあれば、憂鬱になる事もあったし・・・。でも今はすべてなくなった。あなたが傍にいて・・・、私は全ての事がすばらしく感じられるの」
ヨンスは足を止めて、ミンチョルの方を向くと
「ありがとう」
ミンチョルはいつものように彼女の感謝に対し、魅力的な笑みを返した。
彼は彼女の手を握りながら、家へと向かった。
ミンチョルは、彼の隣を歩いている愛しい妻をじっと見続けていた。
彼女は満足そうに微笑み、ミンチョルもまた幸福を感じていた。
彼は以前、この感覚を失っていた。
父がソンジェの父を殺したと知った時、彼は彼の心から逃げ出したかった。
そして、彼女をより愛しているソンジェへと、ヨンスを手渡した。
ヨンスがすでに、彼には欠くことのできない存在である事に気づかずに・・・。
彼は、ヨンスを決して幸せにできないのではないかと心配だった。
彼女が真に望み、受ける価値のある幸せに・・・。
彼は、逃げる事を選んだ。
彼を本当に愛しているヨンスを捨てて・・・。
今、彼の横にいるヨンスを見て、もう彼は恐れてはいなかった。
彼はこれから、彼女の人生を幸せにしていくつもりだった。
2−34・35
ソンジェは、ジャンスを彼の部屋へ呼んだ。
今日から、ジャンスは練習の予定だった。
ジャンスは疲れたように部屋に入って来た。
疲れた様子の彼を見て、ソンジェは言った。
「何かあったの?」
「会社での練習が始まる前に・・・、1ヶ月猶予がほしいんだ」
ソンジェは、ジャンスが言った1ヶ月が過ぎた事を思い出した。
今、その期限は切れた。
彼は、この猶予は、彼が新しい環境に慣れるためのものと考えていた。
しかし、今日の彼の疲れた様子を見ると、彼が考えていたのとは違っていたらしい。
「いいや、大丈夫。で、いつから練習始める?」
「僕のアシスタントが、君の時間割を渡すだろう。でも午後、君のスタイルとイメージを決める会議があるから、遅れないで」
ソンジェは答えた。
ジャンスは何も言わずに去った。
いまだ尊大な態度だった。
ソンジェは、目の前の閉じられたドアを見るだけだった。
しかし、彼の多大な仕事量は、ジャンスの事を考える時間を与えなかった。
そして、彼はセナの新しいシングルアルバムについて話し合うため、ミーティングルームに行かなければならなかった。
「社長、VARIOUSのイ社長がお見えになりました」
彼の机の上のインターコムから聞こえた。
ソンジェはすぐ答えた。
「分かった。彼とセナに、ミーティングルームに行くように言ってくれ」
ミーティングルームで、ミンチョルとキチャンが話し合っていた。
セナとナレも部屋に入って来た。
ミンチョルを見ると、セナは嬉しそうに彼に挨拶した。
「こんにちは」
ナレ「ディレクター、お久しぶりです。いかかでしたか?」
ミンチョルがナレの気遣いに微笑むと、ナレは続けた。
「ヨンスはどうしてます?携帯に電話しようと思うんですけど、いつも遅くなちゃって。そう言っといてください」
ナレは友達に会うとノンストップで話すような性格で、彼女の明るい天性は皆を元気にし、気分を良くさせた。
ミンチョルは彼女の暖かい気遣いに、安堵の笑みで答えた。
「皆、そろってる?じゃあ、セナのニューシングルのミーティングを始めようか・・・」
ソンジェは時間を無駄にしたくなかったので、そう言いながら部屋に入って来た。
ミーティングルームにいる皆、一つの事に集中した。
これは、彼らが長い間一緒に仕事をしてきたことでできた信頼感によるものであった。
違う時間同じ場所で、話し合いの主題はジャンスに変わっていた。
これはミンチョルにとって新人との初めてのミーティングで、ソンジェは彼に紹介した。
「これが新人のイン・ジャンス、ヤン・ミミオーナーがアメリカで契約した」
「プロモーション企画のイ・ミンチョルだ。よろしく」
ミンチョルは彼の前にいるジャンスに歓迎の手を差し伸べた。
ジャンスはミンチョルを鑑定しているようで、それが終わるとわずかに眉を上げて、そしてミンチョルと握手した。
「あなたには品位がある、僕の好きな・・・」
ミンチョルはジャンスに微笑んだ。
目の前の若者を見て、彼は親密さを感じた。
同じ皮肉な態度か、むしろうぬぼれのせいだろうか。
ソンジェはデータを彼に渡すと、ミンチョルに言った。
「ヤン・ミミオーナーは、ジャンスが出すアルバムについては指定しなかった。で、僕は最初に、歌手の見解を聞きたい」
ヤン・ミミは韓国でかたを付けた自分の仕事から離れて、アメリカに長いこと滞在していた。
もう一つの主な理由としては、彼女は過去の苦い思い出を取りざたされるのを恐れ、韓国の音楽業界にこれ以上巻き込まれたくなかったからだった。
しかし、彼女はジャンスとの契約を取った。
彼は、ミミの奥深くにしまわれた音楽への興味を引き出すきっかけとなったらしかった。
本当に、彼はどんな才能を持っているのだろう?
「僕の知るところでは、今韓国音楽のトレンドはテクノポップへ向いている。その旋律は覚えやすくて、滑らかでなければならない。でもヒップホップもあるし、R&Bやソフトロック、ちょっと海外スタイルもいれることができたら・・・。僕はいつも、僕自身の音楽を作り出してきた。僕はとても感動しやすくてね、僕がいい気分ならダンス曲は歌わないかもしれないし、落ち込んでいたらラテン音楽を歌うだろう。僕は僕自身の音楽をやりたいんだ」
ジャンスは、実際韓国の音楽の展望において何が起こっているかを話し、ミンチョルとソンジェを驚かせた。
これは常にソンジェがもっとも関心を持っていた事であった。
ミンチョルはジャンスを褒め、微笑むと彼に言った。
「君は以前アメリカにいたと言ったが、韓国音楽の展望やトレンドを、どんな風に学んだんだ?」
ジャンスはミンチョルの質問を聞くと、知ったようにミンチョルの疑問を説明するかのような笑みを浮かべた。
イン・ジャンスは韓国の音楽を理解するため、猶予をもらい実際そうした。
彼は人々の中に入り、彼らの声を聞き、普通の人々が何を聞いているかを知った。
1ヶ月間彼はレコード店を回り、人々がどんな物を買っているか調べ、どんなタイプの音楽を聴いているか、ストリートパフォーマーを観察した。
会社の報告はデータでしかなく、正確ではなかった。
これが事実だった。
ミンチョルとジャンスの会話を聞いて、ソンジェはジャンスに感嘆せざるを得なかった。
本当にソンジェは彼の才能に驚かされた。
今ソンジェは、ジャンスの言葉を熱心に聞いている自分に驚いていた。
「分かった。今度僕は、君自身のEPをプロデュースするつもりだ。デモミーティングは次の月曜日、イ氏も出席する。何か問題はある?ジャンス?」
ジャンスはうなずき、ソンジェは続けた。
「でも、イ氏と僕が君の音楽に満足しなかったら、君のアルバムにおいては、ミューズレコードが計画したものに従ってもらうしかないという事を言っておくよ。いいね」
ジャンスは立ち上がり、言った。
「OK,分かった」
彼は部屋を出て行く時、ミンチョルに挨拶した。
「じゃあ、また次の月曜日に」
ドアが閉じるとすぐ、ソンジェはミンチョルの方を向きたずねた。
「彼をどう思う?」
ミンチョルは、彼の答えを気にしているソンジェを見て
「いいと思うし、個性的だ・・・。でも月曜日、彼が僕を失望させないことを望むよ」
ソンジェ「分かった。次の月曜日、彼が本当にどのくらいの才能の持ち主か分かるだろう」
ソンジェは、不意に彼の心配をばかばかしく感じた。
2−36
誰もが生きるのに精一杯な時、時は自らの支配を超えて知らぬ間に過ぎる。
1週間後、ミンチョルとその部下キチャンはVARIOUSで、日本の会社のアーティストを韓国に紹介する企画で忙しかった。
ミンチョルはキチャンに言った。
「今僕たちは、日本の会社の要望を国際テレビ局に知らせなければならない。プレイタイムのラジオ局の手数料についても、日本側に伝える必要がある。僕たちは日本の歌手のプロモーション用ポスターを得る事が必要で、それを僕たちのメディアへ送り出す事もできるはずだ。このプルモーションの仕事は、歌手が到着する前に始めなければならない」
キチャンは忙しく、ミンチョルの言う事を書き留めた。
彼の勤勉さは、いつもミンチョルを感嘆させた。
ミンチョル「君には、この仕事を全て任せて、日本へ行ってもらうつもりだ」
ミンチョルは、日本側との共同作業をスムーズに運ぶため、キチャンを日本へ送ることにした。
これは、彼らとの関係がいかに大切か示すためのものであり、ミンチョルはこれを以前の取引の仕事から学んでいた。
キチャン「分かりました。ベストを尽くします」
彼は時計を見ると、たずねた。
「社長、今日はミューズレコードへ行くのでは?新人のイン・ジャンスの歌のデモデータは?」
ミンチョルは問題の若者を思い出した。
「よし、僕だけで行こう。キチャン、君は日本へ行く準備をしてくれ」
「分かりました」
キチャンは部屋を出て行った。
ミンチョルは机の上を片付けると、コンピューターの電源を切り、彼のカバンを持ってミューズレコードへ向かった。
ミンチョルは上着を着ると、オフィスを後にした。
彼はエレベーターの外に”修理中”の看板がかかっているのを見ると、時計を見た。
彼はすぐ出口を出ると、階段へ向かった。
彼は階段を駆け下りていた時、突然目の前の階段が揺れたように感じた。
彼はすぐ揺れないように、階段の手すりをつかんだ。
その瞬間、目の前が暗くなり、何も見えなくなった。
「どうしたんだ?」
ミンチョルはもとに戻った時、何が起こったか分からなかった。
そしてもう一度見直した。
彼は肩をすくめると、階段を駆け下りた。
「たぶん近頃働きすぎて、幻でも見たんだろう」
ミンチョルは今起こった事を、そう自分に言い聞かせた。
2−37
ミューズレコードでミンチョルがミーティングルームに入って行くと、ソンジェはすでに中で待っていた。
彼は振り向いて挨拶した。
「兄さん!いらっしゃい」
ミンチョルは笑って答えた。
「セナの準備の方はどう?お前はセナの新しいEPを早く聞きたいかって言ってたろう?」
ソンジェはテープを取り出し、にっこり笑った。
「いいとこついてるよ。そうしようと思って、昨日ちょうどできたんだ。セナに合っていると思う。ここにイヤホーンあるから、聴いて意見を聞かせて」
ミンチョルはイヤホーンを取ると、ソンジェの新曲に耳を集中させた。
その間ソンジェは、兄がどんな事を考えているのかじっとミンチョルの表情を見つめていた。
「ソンジェ、これはダンスのステップを取り入れているのか?」
ミンチョルは歌を聴き終わるとたずねた。
ソンジェはミンチョルにうなずき
「そう、セナに基本ステップを教えてくれるダンスのインストラクターをアメリカから雇ったんだ。後のダンスの振り付けも、EPができる前に出来上がる」
自信ありげなソンジェを見て、ミンチョルは言った。
「そう、お前はこれを自分の思いどうりにできるんだな」
その時ミーティングルームのドアが開き、ジャンスが入って来た。
彼は青い野球のユニホームを着ており、まずミンチョルとソンジェに微笑むと、手の中のテープをあげて
「さあ、行くぞ」
ソンジェとミンチョルの前に立ち、ジャンスはテープをステレオに入れプレイボタンを押した。
ソンジェとミンチョルは、まだミーティングルームにいた。
ソンジェは、まだジャンスが残していったテープを手に握っていた。
彼はミンチョルの方を向き
「彼の歌は・・・、変わっている」
ミンチョルは軽くうなずき
「ヤンオーナーは、本当に見る目がある。あいつは街の話題になるだろう」
シンジェは再びテープをステレオに入れた。
ピアノの伴奏に、原始林から来たようなドラムのリズム、そのドラムは力強く、生命の音のようだった。
旋律はR&Bスタイルのフォークソングで、それは聴く人を当惑させ、心を奪うだろう。
ジャンスは、このような異なった音楽をミックスさせ、独特な、忘れがたい音楽に仕上げた。
ソンジェはついに作曲家としてのジャンスの本当の才能を見て、彼の才能を認め褒めたたえた。
ソンジェは立ち上がり、机の上の書類と歌詞を片付けた。
彼は振り向いてミンチョルを見た。
ミンチョルは目をこすっていた。
ソンジェはたずねた。
「兄さん、大丈夫?」
ソンジェの声を聞いて、ミンチョルは手を下ろした。
彼は目を開け、心配そうなソンジェを見た。
彼は軽く笑い、
「大丈夫だよ。たぶん疲れたんだ」
実際彼は、再び起こったこの不快な状態を説明する事ができなかった。
「ストレスをためないで、休養するべきだよ。兄さんは以前の忙しさに慣れていて、まだ変われないんだ。思うように事は運ばないよ」
ソンジェはミンチョルを説き伏せようとした。
ミンチョルはそんなソンジェを見た。
彼にとって、ソンジェは良き友であり、また兄弟であった。
ミンチョルはソンジェの心配に答える代わりに、黙って彼の肩を叩いた。
ミンチョルとソンジェは、人生の半分をお互い憎んで対立し、またお互いの心の中から閉め出してきた。
ミンチョルは、父からソンジェが義弟だと聞かされた時、病気で死んだ母の事を思った。
どうしたら母をそんな風に扱えるのかと。
ミンチョルとミンジは、彼らにいつも冷たくあたった。
彼の幼い心には、どこにも希望はなかった。
ソンジェもまた、彼がミンチョルにどんなに良くしてもそれを認めないという事を知った時、ミンチョルから遠ざかる事を学んだ。
二人の誤解が解けた時、ミンチョルは言った。
「もしお前が父の子でないと知っていたら、僕たちはいい友達になれただろう。楽しく一緒に飲んだり話したりできる友達に」
今二人は良き友達になった。
特別な友達に。
2−38
ミンチョルは仕事の長い一日から戻ってきていた。
キチャンは日本へ行っていていなかった。
それゆえ、ミンチョルは仕事の割り振りについて話し合っていた。
この2週間、ミンチョルはめいっぱい働いていた。
彼は静かにアパートのドアを開けると、ベッドルームへと向かった。
部屋からはまだ明かりが漏れていた。
それは彼の気持ちを温かくした。
彼が入って見ると、彼の妻は大きな枕を背に横になっていた。
眠っている?
彼が遅く帰ってきても、ヨンスはいつも待っていた。
ミンチョルはカバンを置くと、そっとヨンスに近づいた。
彼は妻の寝顔を見ようと、彼女の横から覗き込んだ。
彼女の顔は青ざめていた。
彼は愛しそうに彼女の髪に触れた。
仕事のせいで、彼はなかなかヨンスと夕食を共にすることができなかった。
彼女の体調はあまり良くなさそうだった。
彼は彼女をほっておいた事に罪の意識を感じ、じっとヨンスの顔を見つめた。
彼女は彼が戻ったのに気がついたらしく、ゆっくり目を開けると、愛しそうに覗き込んでいる夫を見つめた。
彼女はやさしく言った。
「帰ったの」
彼女は起き上がろうとしたが、ミンチョルはそれを止め、だまって彼女を腕の中に抱きしめた。
彼女はやさしい温かさを感じることができる彼の腕の中で、静かに喜びを味わっていた。
しばらくして彼女はたずねた。
「何かあったの?」
彼の心配は安らぎに変わっていた。
「いいや、僕は餓死しそうだ!」
ミンチョルは無邪気な顔で、甘やかされた子供のように言った。
ヨンスは彼を心配させたくなかった。
そしてミンチョルにできる事は、彼女に心配をかけない事だった。
彼女は笑ってふざけたミンチョルを見ると、突然叫んだ。
「あら、いやだ!お料理はみんな終わってしまったわ!あなたが夕食に帰って来るとは思わなかったから。ごめんなさい。今何か作るわ!」
ヨンスは急いで立ち上がると、キッチンへ向かった。
ミンチョルは彼女の腕をつかむと言った。
「いや、いいんだ!自分の食事の面倒くらいみられるから。さっ、君はここに座って休んでいて」
ミンチョルは彼女を部屋に引き戻したが、ヨンスはまだ座らなかった。
彼女は腕まくりしているミンチョルに言った。
「私がした方がいいわ」
それを聞いてミンチョルは、怒ったふりをしながら後ろのイスを指して
「いいや!君は休んで!」
ヨンスは彼を見つめわざと言った。
「あなたはカップヌードルを食べたいの?お料理の仕方なんて知らないでしょう?私がやります。カップヌードルなんて栄養ないわ」
そして彼女はまたキッチンへ向かった。
ミンチョルは笑って、彼女を止めようと指で彼女の頭を叩いた。
「ヨンス!確かに僕は料理はできないけど、イ家のレシピがあるんだ。知りたい?」
ヨンスは興味深そうに見て、すぐ怒ったように笑うと、両手を投げ出した。
ミンチョルは彼女の手を取り、一緒にキッチンへ行った。
「さあ、どうやるか教えてあげよう。君は僕の最愛の人だからね!」
ヨンスはエプロンを取ってミンチョルに着せようとした時、彼は言った。
「そんな物いらないよ。僕は男だ、もう少し敬意を払って」
ヨンスは頭を振った。
ミンチョルは真の男であり、時々ちょっと保守的なところがあった。
しかし、彼女は彼の全てを受け入れ、愛していた。
彼女は夫に笑って、エプロンを戻すとたずねた。
「イ家のレシピって、どんな材料が必要なの?」
ミンチョルはあごに手をやりながら、ゆっくりとヨンスに言った。
「必要な物はご飯と・・・、ツナ缶。それだけ」
ヨンスは必要な物を彼の前に置くと、その二つを見ながら言った。
「ご飯の中にツナを入れるなんて、あなた言わなかったわ。それを食べるの?」
ミンチョルはヨンスの質問に笑うと、見つけた器にご飯を入れ、その中にツナ缶を入れた。
そして彼の動きをじっと見つめるヨンスに言った。
「バターある?」
ヨンスは冷蔵庫からバターを取り出すと、困ったような顔をして彼に渡した。
「これが何のために必要なの?」
ミンチョルはバターを受け取ると、スプーン一杯のバターを器の中に入れた。
ヨンスは彼のやる事が信じられなかった。
バターとツナ?
普通はサラダクリームに使わない?
ミンチョルは大きなスプーンをうまく使って、ヨンスの当惑も気にせず、器の中のご飯とツナとバターを混ぜ始めた。
しばらく混ぜた後、ミンチョルはテーブルから唐辛子ソースを取ると、それに加えかき回し始めた。
そしてヨンスに言った。
「これは有名な料理法だ。君もいつか、僕たちの子供のためにこれを作るだろう。その子は僕みたいにスマートになるよ」
そう言い終わると、彼はこの有名な料理をスプーンに取り口へ運んだ。
彼は口いっぱいにほおばり満足げにうなずくと、親指を立てた。
彼はとても楽しそうで、これに自信を持っているらしかった。
彼はこれをスプーンですくい、ヨンスの前に置いた。
彼女はバターとツナのことを考え、いやそうに眉をひそめた。
しかし自信満々のミンチョルを見て、彼女は我慢してこれを食べてみた。
彼女が食べてみると、ツナのに匂いは唐辛子ソースで消され、とてもおいしかった。
バターも、驚いたことにご飯に良く合っていた。
食べ終わった後バターの香りも、口の中に残っていなかった。
彼女が思っていたほど悪くはなく、事実おいしかった。
「どう?おいしいだろう?」
ヨンスの顔に浮かんだ笑みを見て、ミンチョルは答えた。
「この料理は、ツナビビンバ唐辛子風味っていうんだ。簡単でおいしい。僕の発明だ」
食べ終わった後、器を洗いながら彼女はたずねた。
「ずっと、あなたは料理の仕方なんて知らないと思っていたの。でも、それは間違っていたわね」
後ろにいるミンチョルから答えはなかった。
器を洗い終えて振り向くと、ミンチョルは深く考え込んでいた。
「どうしたの?」
ミンチョルは我に返ると、暗い気分を追い払った。
彼は再びヨンスの顔を見ると言った。
「何でもない。君は疲れたろう。早く休んで」
こんな事が何回あっただろう?
ミンチョルは自分の体調に悩んでいた。
ヨンスは彼を見て、彼の額に手を当て
「調子悪いの?でも熱はないみたい」
ヨンスは彼が心配だった。
彼は彼女の手を取ると、ギュッと強く握り締めた。
「僕の事は心配しないで。君は自分自身の事をもっと気にしなくちゃ。今は君の事が心配なんだ。分かってる?」
ヨンスは自分の体の事は良く分かっていた。
そして、無事安全に産めるかどうかは確信が持てなかった。
しかし、子供のため、ミンチョルのため、何より彼女自身のために、彼女は誰よりも落ち着かなくてはならなかった。
彼女の幸せは、いつも彼女が夢見てきたものだった。
「私はあきらめないわ」
彼女は自分自身に言い聞かせた。
ヨンスはミンチョルをなぐさめ、安心させるよう笑って
「心配しないで。私は大丈夫よ。忘れたの?私はあなたを幸せにするために、ここにいるのよ」
ミンチョルはヨンスを見て安心した。
そして心配でいっぱいだった彼の心は、やっと安らぐことができた。
2−39
セナは新しいヘアスタイルでデザイン部門から戻ってくると、特別練習室であるミューズレコ−ドの地下へ怒った様にくやしがりながら向かっていた。
後ろからセナをつかんでナレがついて来た。
「セナ、何がしたいの?」
セナの怒りに燃えた目を見て、ナレはすばやくなだめた。
「この事はソンジェさんにみんなまかせて!社長がうまくやってくれるって・・・。さっ、来て!そんなに怒らないで」
「あっち行ってよ、ナレ!今日はあいつに恨みをはらしてやるんだから。本当にいらいらする!」
セナはナレの手を振り解くと、ダンス室へと入っていった。
セナはいきなりドアを開けると、ダンスのトレーニングで汗だくのジャンスに向き合った。
「ちょっと、あんた!いつもの人をバカにしたような態度だけなら我慢もするわ!でも、私のダンスの先生まで連れて行くってどういう事よ!私は先生と一緒に、新しいEPのダンスの練習をしてたの、あんたも知ってるでしょう!私とソンジェにどう答えるの?」
ジャンスはセナが入ってくるのを、鏡で見て気づいていた。
彼はダンスを止めると、音楽のスイッチを切った。
彼はこの騒々しい小さな女に振り向くと、彼女と向き合った。
セナはジャンスが何も言わないのを見ると、怒りが爆発した。
セナはジャンスに歩み寄ると、彼を打とうと手を上げた。
ジャンスはそんな事をさせるような男ではなかった。
彼はセナの手をつかむと、彼女の赤くなった顔をにらみつけた。
突然彼は、この事態が面白く感じられ、笑い出した。
「君は、本当に強情だな。でも僕の人生において、母以外に僕を打った人はいない!」
セナはそれを聞いて、いやいやながら手を振り解いた。
彼女の目は、まだ怒りに燃えていた。
「セナ!」
ソンジェだった。
ナレはセナがまた何か問題を起こしそうなのを見て、ソンジェを探しに行っていた。
「ソンジェ!」
セナは彼を見ると、すぐ彼の傍へ駆け寄った。
「全部あいつのせいよ!彼は、ダンスの先生を追い払った。私たちどうすればいいの?まだ写真取りも、今夜の練習だって残ってる」
セナはしゃべりながら、目を真っ赤にして涙を流していた。
セナは新しいアルバムを出すために、一生懸命努力していた。
しかし、ジャンスがこの計画をメチャクチャにしてしまった。
ナレはセナを慰めた。
ソンジェもセナを慰めようとした。
「大丈夫、僕が何とかするから。君はナレと一緒にスタジオに行って。今日はカバー写真を撮るんだろう。そう簡単にあきらめないで。さっ、早く仕事に戻って。また後で会おう」
ソンジェの言葉は魔法だった。
セナは彼の安心させる言葉に、静かになった。
彼女は素直にうなずくと、ナレについてダンス室を後にした。
ダンス室のドアが閉まるのを見ると、ソンジェはジャンスの方を向いた。
「それで、僕に言う事は?」
ジャンスは声を出して笑って、たずねた。
「ミューズレコードのためにした事だって思わない?」
「ミュズレコードのため?どういう事?」
ソンジェは当惑した。
「僕は、アメリカからダンスのインストラクターが来たと聞いたから、観察した。でも彼のダンスを見た時、これは詐欺だと思った。本当のダンサーは、あんな風には踊らない。僕が彼を追い出したんじゃない。彼が出ていったんだ」
ジャンスは背筋を伸ばしながら言った。
「君はダンスが分かるの?」
ソンジェはたずねた。
ジャンスは知ったような笑いを彼に投げつけると、向きを変えステレオのスイッチを入れた。
彼はソンジェの質問に対して、一目瞭然の答え方をした。
2−40
「セナ、彼に教わりなよ!イン・ジャンスは本当にいいよ!うーん、かっこいいし、作曲はできるし、ダンスもできる!ウァオ、このダンス部分なんかソンジェさんよりいいじゃない」
車の中でナレはセナに言った。
「ナレ!何言ってるの!あんな不気味なロングヘアーが、ソンジェを超えられるわけない!」
セナはちょっと怒って、冷たくナレの言った事を非難した。
ナレがキュソクとデートだった時、セナは一人で地下室へ下りて行った。
セナはナレが幸せそうなのを見て、何も言えなかった。
彼女はドアへと向かった。
部屋に誰かいるのか、中から音楽が聞こえてきた。
セナはノックをしたが返事はなかった。
彼女はわずかにドアを開けると、汗まみれのジャンスが見えた。
彼は髪をポニーテールに縛り、白いTシャツを着ていた。
彼のダンスはしっかりとして、優美だった。
確かにあの先生よりは上だった。
セナはジャンスが以前彼女に対しどんなに無礼だったかを思い出し、すぐに褒めた事を取り消した。
ジャンスはダンスに夢中になっていた。
彼はセナに気づくと、ダンスを止めて鏡の中のセナに笑いかけた。
彼は振り向いて、彼女の方に歩いて来た。
「今、教わりたい?本当に僕を信頼する?」
セナはその横暴な態度をじっと見つめると、彼女の強情な性格に火がついた。
セナはあごを上げると言った。
「私、あなたはそんなにいいとは思わない。あなたは人に教えて、その人があなたを超えるのがこわいのよ」
ジャンスはセナについて考えていた。
彼女の強情な性格は別にしても、彼女は彼に対していつも敵意を抱いているらしかった。
これは、彼が出会った事のないタイプだった。
それどころか、彼女の動きや反応に対して彼は興味を持ち始めていた。
彼は、彼女との戦いはとても面白いと思った。
セナを彼の下で練習させるとソンジェが決めた時、彼らの間のもう一つの戦いに火がついたのかも知れない。
彼は何も答えず、セナににやにや笑いかけていた。
そしてかかっている音楽に身を浸すと、彼は音楽の中に我を忘れた。
彼はあえてこのようにダンスを始めた。
ジャンスが彼女の存在を無視したのを見て、セナは追い払われているように感じた。
しかし、彼女の仕事とソンジェの事を考えると、彼女は彼の動きについていく他なかった。
そして彼女は音楽に合わせて、体を揺らした。
ジャンスは鏡の中のセナを見て、上の時計をちらっと見るとすでに3時間たっていた。
セナは彼の動きについて行くにはほど遠かったが、そのダンスステップから彼女は真面目になり始め、ダンスを上達させるどんなチャンスも逃さなかった。
この時、ジャンスは本当にセナに感銘を受けた。
彼はダンスをやめ、汗を拭くためタオルを取りに行った。
そして振り向き、セナにきれいなタオルを投げようとした。
その時、彼はセナがそこにいない事に気がついた。
どうしたのだろうと思っていた時、セナが手に水のボトルを持って入って来た。
彼女はそれをジャンスに投げると、ジャンスはそれを受け取った。
セナは何も言わず、部屋の隅に座った。
ジャンスもセナの傍に行き、壁を背に座った。
「ありがとう」
ジャンスはセナに言った。
セナは彼女に初めて礼儀正しくしたジャンスを見て、たずねた。
「疲れてない?私が思うに・・・、私が写真を取りに行ってから、私があなたに教わるためにここに戻ってくるまで・・・、あなたはここで6時間ダンスしてたの?」
ジャンスはゴムを髪からはずすと、セナの質問にうなずいた。
セナの目は信じられないと言っていた。
それから彼は笑って
「僕はダンスが大好きなんだ!アメリカにいた時、いつも学校や道端で黒人の友達とダンスをしていた。1日7,8時間は軽かった!どうって事ないさ」
セナがじっと見つめているのを感じて、彼は続けた。
「実際、君の先生は悪くはなかった。でも、僕ほど良くもなかった。そして彼は去っていった。僕は何もしなかった!」
なんて自身満々なやつ!
セナは彼の言葉に瞬きすると、視線をそらした。
しかし彼の言った事に、彼女は水を口からこぼすところだった。
「君は・・・、ソンジェさんが好き?」
ジャンスは、床をじっと見つめながらたずねた。
セナは咳をして彼に言った。
「あんた!何言ってるの!」
ジャンスは顔を上げて、セナを見た。
彼は、秘密を知られてしまった子供のような顔を見た。
セナはわずかに顔を赤らめた。
ジャンスは笑って
「見え見えだね。そうだろう?」
ジャンスの言葉に、セナは何も言う事ができなかった。
そして彼女は平静になろうとした。
壁の鏡を見ながら、彼女はソンジェの笑顔の事を考えていた。
「私は・・、私はとても彼が好き?でも、私は決して彼の最愛の人にはなれない!」
私は何を言っているの。
ちょっとおしゃべりしすぎた。
もう、行こう!
セナが急に立ち去るのを、しかし彼は引き止めなかった。
彼は空になった部屋を見回し、セナの言った事を思い出した。
彼は、彼とセナとソンジェの間にこれから起こるであろう感情的な苦闘に、まだ気づいていなかった