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0009 夢は夜ひらく (2003/12/16)
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| さて、私がフォークを語るとやっぱりこの方を無視して通れなくなってしまう。本来なら、もっと皆さんの馴染みのあるニュー・ミュージック辺りからテーマを持って来るのがベターなんだろうが、どうしてもドロドロデロデロした世界に話がいってしまうのだ。そのドロドロデロデロした中でも最もドロドロデロデロした方を今日は紹介しよう。三上寛である。
彼は青森県北津軽郡から出て来たファーク歌手なのだが、元は演歌を歌いたくて上京したそうなのだが「お前みたいな汚い声の演歌歌手が売れるか〜!」と、どのレコード会社の人にも言われて自分で唄を作って歌うようになったんだそうな。確かに彼の歌声は群を抜いて汚い。唄と呼ぶよりも叫びと呼んだほうが良いかも知れない。そんなしゃがれた声で歌う彼の唄はいつの頃からか『怨歌』と呼ばれるようになった。 また、彼がインパクトがあるのは声だけではない。そのオドロオドロした歌詞にも物凄いインパクトがあった。初めて三上寛を聞いたのはライヴ盤だった(中津川フォークジャンボリー)。先週紹介した加川良と斉藤哲夫と三上寛が収録されているアルバムだったと思う。最後に三上寛が出てくるのだが、「行くぞ〜〜〜!」と一声叫んでギターをかき鳴らし『夢は夜ひらく』を歌い出す。それまで、園まりの『夢は夜ひらく』や、宇多田ひかるのお母さん藤圭子の『圭子の夢は夜ひらく』しか知らなかった私の耳に「うぉぉぉ〜〜〜!」と叫びながら歌う『夢は夜ひらく』は、なんじゃこれは?と言うしか無かった。さらに続けて歌ったのが『ションベンだらけの湖』『犯されたら泣けば良い』…。もう何でもアリなのである。 ところが、彼の詩は表現こそ下品だが実に哲学的で、ジ〜〜〜ッと聞いているうちに私はうんうん頷いて聞いてしまっていた。どう表現して良いのか、私の中でもまだまとまって無いんだが、詩としてはハイレベルなモノなんだと感じずにはいられないのだ。綺麗な耳障りの良い言葉の羅列だけが詩では無い。醜い、汚い…と差別されている言葉まで分け隔て無く取り入れて歌い上げる彼の詩の中に、彼の魂を聞いたような気がしたのだ。そして、それはやはり『怨歌』と呼んで相応しいと思えた。 ♪赤提灯に人生論 アメリカでの音楽の歴史を紐解くと元はブルースであるそうな。当然これは奴隷として扱われてた時代に黒人が歌い出したモノだ。このブルースに白人達のなれ親しんだ民族音楽がミックスされてカントリーソングやデキシージャズ等が生まれ、それがドンドン枝分かれしていき今日の音楽になって来る。つまり、元は民衆の底辺から生まれた唄であり、だからこそ誰の心にも染みる音楽として広まったんだと言えるのだ。上から与えられたモノじゃなく、下から上がって来たモノってコトだ。 三上寛の唄は残念ながら広まるコトは無かったが(いや、まだ終わって無いが)、彼の唄の中にはブルースと同じ重いモノを私は感じた。それは彼の生まれが東北であったとういうイメージからなのか?声がしゃがれてブルースを歌う黒人の声に聞こえたからなのか?それとも、彼の詩の中にどうしようも無い日本人の影の部分を感じたからなのか?それは私にも解らない。 今、音楽番組を見るとラップを歌う若者が増えている。それも何故か皆不細工な顔をした男が多い。フォークとよく似た点を感じる。ルックスに自信無いからそのジャンルを選んだのか?と正直思ってしまうのだ。そして似たような音楽が世の中に流れ出す。それはそれで、一つの文化で良いんんだろうけど…。フォークの中に居た三上寛。しかし、三上寛はフォークでは無かったし、逆に彼に変わる音楽をやれる人は居なかった。フォークを紹介するのに三上寛は薦めないが、三上寛は三上寛として本物なのである。 |