0015 さよならぼくのともだち (2004/2/10)
75年頃、急にフォークの世界に女性シンガーが増え出した。一種のブームだったに違い無いんだが、その中で代表とされたのが荒井由美ことユーミン(現在の松任谷由美)と、北海道から出て来た三つ編み田舎娘の中島みゆきだった。これに続けと丸山圭子、小坂恭子、谷山浩子、高木まさ(字が解らん)などが出て来るのだが、もうこの辺になるとフォークとは呼べ無くなり、新しい呼び名としてニューミュージックと呼ばれるようになって来た。しかし、その中でもフォーク色がまだ強いと思えるコトで、私は山崎ハコと森田童子の二人にだけは触手が動いたのだった。今回は、その一人森田童子について書こう。

近年(…って言っても、もうかなり経つが)テレビドラマの主題歌で注目を浴びたのが切っ掛けで一般的に有名になったが、70年代中頃にデビューした時、森田童子はすでにその独特な個性を確立していたのだった。さらに、ほんの数年のうちに幾枚かのアルバムを残して姿を消した彼女だったが、その引きの良さはあの山口百恵同様潔く、そりゃ〜見事な消えっぷりだった。

森田童子のコトはデビューした頃から注目していた私だったので、アルバムを手に入れたのもかなり早くからだった。高校に入っていきなり買ったんじゃなかったかな?夜になると一人の部屋で聴いていたのをよく覚えている。部屋の電気を暗くして布団に入り、レコードに針を落として目を閉じて聴いていると、その歌声に胸が張り裂けそうになるのを感じたり、また、切なく締め付けられるのを感じたりしながら聴いていた。それは私にとって神聖な儀式みたいなモノで、懺悔の時間のようでもあった。いや、別に懺悔してた訳じゃないんだが、聴いててそんな気分にさせられるトコロがあったのだ。

それでだろうか?私にとって森田童子は高校時代の記憶を思い出すキーワードにもなっている。彼女の唄を聴くと、当時のいくつかのシーンが走馬灯のように蘇っては消えていくのだ。青春は刹那的な瞬間のくり返し…、そんな刹那的なきらめきを歌い上げるのに森田童子の声は見事にマッチしていた。そう、それはきらめきであり、童子の唄は青春の一瞬一瞬を照らし出すストロボのようなモノだった。

森田童子を私は部屋に来る友達みんなに薦めていたのも懐かしい想い出である。アルバムを貸したまま返って来なくなったコトも2〜3回はあった。それでもみんなに、絶対良いから聴け!と薦めずにはおられなかった。しかし、レコードが返って来んのも辛いので、貸す時はテープに入れて貸すようになった。そんな私の成長も童子のお陰である。専門学校に入ってからも私の『童子を聴きなさい運動』は治まるコトを知らず、世に広めようと熱心だった。お陰で、殆どの知り合いに森田童子の唄は広まっていったのだが、ある友人のお母さんが、「あんた、アグネス・チャンのファンやったん?」と言われたと聞いた時にはかなり情けないモンがあった。

さて、今回のタイトル『さよならぼくのともだち』は童子のデビュー曲である。弱虫で優しく静かな『ともだち』、ドラッグを好み太宰治を好んだ『ともだち』は仲間がパクられた日を境に次第に変わって行き、そして目の前から姿を消してしまった。大好きだった彼の想い出だけが童子の中に残り、同時に彼女の青春も幕を閉じてしまった…。

そんな感じの唄なのだが、出会いの中にはそういった影響を残していく人が居て、決まってその付き合いは長くは続かない。付き合いは続かないんだが、その後相手に貰った種との付き合いは気が遠くなるほど長かったりするのである。種から芽が出て花が咲くまで辛抱強く待ち、自分の中で答えが出るまでそれは続くのである。

そしてその答えの正体は『ともだち』では無く、自分だったコトに気付くのだ。その時が『ともだち』との本当の『さよなら』なのかも知れない。