0020 母に捧げるバラード (2004/3/16)
今じゃすっかり役者としての顔ばかりが有名になってしまったが、この人も元フォークの人だった。中学の時だったか?夜中にラジオをぼけら〜っと聞いていたら、この蓄膿症みたいな唄が…いや、声が流れて来たのだった。それが武田鉄矢率いる海援隊の『母に捧げるバラード』だった。そしてそれはおよそその殆どが台詞になっているレコードだった。

先に書いておくが、このレコードを私は持っていない。流石に連載を20回を超えてくると手持ちのレコードも尽きて来たので、これからは持ってないレコードも紹介するコトにした。なので、これからは持って無いレコードも出て来るが、そういう訳なので(どう言う訳だ!)心していて欲しい。話を『母に捧げるバラード』に戻そう。

『海援隊』と来ると、今じゃ『贈る言葉』が有名だが、デビュー当時の彼等は武田の家族ネタのモノが多かった。『母に捧げるバラード』の後に奥さんのコトを歌った『節子(だったかな?)』と来て、娘を歌った『菜見子』を発売していった。しかし、『母に捧げる…』程のヒットは飛ばせなかったからか、海援隊は完璧なコミックソングへと方向転換したみたいで『あんたが大将』や当時西城秀樹がヒットさせた『YMCA』を真似た『JODAN』とかで小当たりを稼いでた。つまり色んな唄をうたって来たってこってすな。そう言えばフォルクローレみたいな『思えば遠くに来たもんだ』ってのもあったな…。

私はドラマや邦画は見ない人なので、役者としての武田鉄矢のコトは詳しく無いが、最初に出て来た時の『母に捧げるバラード』だけは印象が強かった。いや、あの唄自体が好きだったのかも知れない。次はラジオでいつかかるんだろう?って待ってたくらいだから…。自分がロクでも無い息子だったので、親近感が沸いて聴くコトが出来たのもあったんだろうな。

そう言えば私は今までにおふくろを歌った唄を書いたコトが無いのに気付いた。女の子のコトや、友情のコトや、世間に対する文句は、飽き飽きする程書いて来たのに、おふくろのコトを歌ったモノは今まで一つも無いのである。子供嫌いであんまり構ってくれんかった親父のコトや、タイプが全然違うので接点の無かった妹のコトは歌っているのに、これは不思議な話である。お母ちゃん子だった私がおふくろのコトを書けない理由は何だろう?ちょっと考えてみた。

それはもしかしたら余りにも近い存在で、形容し難い、もしくは揶揄しにくい存在だからなのかも知れない。思い入れが大き過ぎてどう書いても違う風に思ってしまうからじゃなかろうか?いや、表現する以前にどこか諦めてしまってると言ったほうが適切に感じる。マンガを小池一夫さんに習ってた頃、彼がこんなコトを言ってたのを思い出した。

「俺は大学時代は応援団だったので、仲間には荒々しいのが居て、中にはヤクザの世界に入った者も居る。今でも彼等とは付き合いもあるし、飲んだりもしてあっちの世界の話を聞いたりするんだけど…、余りにもリアルなので、そのコトをマンガで書こうって気にはなれないんだ…。」

新聞記者じゃないんだし、モノを作るわけだから、そこに創作するスペースが残って無いと知っていても逆に作りにくい…そんなモンなのかも知れないな。なんか話が逸れたけど今日はココまで(笑)。