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0021 走れアルマジロ (2004/3/23)
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| ♪このままバスの背中にゆられ〜どこまでも行けたら〜 親も友達も仕事も女も〜みんな捨てて行けたら〜 そんな逃避気質みたいな詩で始まる唄を歌っていたのが豊田勇造である。ラジオを録音しっぱなしで寝てしまい、後にそのカセットを聴いた時、最後の方にこの唄が入っていたのが、この唄との出会いだった。レコードはすぐに見つからなかったので、カセットを何度も何度も止めては歌詞を写し取り、ギターでコードを探して真似して弾いて歌っていたのだった。その自分で書いた歌詞カードは今も持っている。17歳の時だったので、もうかれこれ25年以上も前の話だ。高校を辞めて篭ってマンガ家を目指してた私にとって、この唄を歌うと心の中に風が入ってくるような…そんな気持ちにしてくれる唄だった。 バイト先で三つ年上の友人が出来た。森さんと言って、京都の北白川のライブハウスでよくバンドのメンバーと一緒に出演してドラムを叩いていたらしい。私は彼のライヴを残念ながら1度も見ないまま疎遠になってしまったのだった。その年の夏だっただろうか?森さんの彼女の大学の友人が妊娠してしまったそうで、手術費用を稼ぐ為に京都の海に行く旅行計画の話が持ち上がった。バスを貸し切った…総勢40〜50人くらいの大学生ばかりの旅行だった。産む為の費用ではなく堕胎する為の費用だったと後から知った。私もその旅行に誘われて一緒に行くコトになった。 私は当時は何処へ行くにもギターケースを抱えて行動してたので、その旅行にも歌の本と歌詞カードをケースに入れて持って行った。その中にも当然『走れアルマジロ』は入っていた。帰りのバスの中だっただろうか?森さんの彼女に歌詞カ−ドを見られて、「え?豊田勇造の唄なの?」って尋ねられた。彼女もファンなのかと思い、聞いてみると「ううん、私の友達がネ。この人と今付き合ってるの。」と言われた。えええ〜?京都の人だったの?と私はおったまげたのだった。
私にとっての豊田勇造はこの『走れアルマジロ』というライヴアルバムだけである。でも、それで十分だった。このアルバムを何度も何度も擦り切れる程聴いて、ギターだけの演奏を心行くまで堪能出来たのだから。私にとってこのアルバムは、アコギの迫力と表現力の奥行きを気付かせてくれた1枚だったのかも知れない。 |