0032 一本道 (2004/6/15)
長い間名前だけ知ってて、どんな唄を歌っているのかさえも知らない人が居て、今回の友部正人もそんな中のひとりだった。

最初に彼の名前を目にしたのは、フォーク専門雑誌だっただろうか?日本のボブ・ディラン…と呼ばれていると書いてあり、日本のボブ・ディランの多いコトに驚いた。ほな、岡林信康や吉田拓郎はどないなるねん?という反感を持って読んだ記憶がある。その記事には友部氏の歌詞も何も無く、それっきり姑く彼のコトは忘れてしまっていた。

次に友部正人の名前を目にしたのは、井上陽水のアルバムだった。ジェラシーが入っているアルバム『あやしい夜をまって』である。この中の最初の曲『海はどうだ』ってのが友部氏の作詞だったのである。陽水ってのはボブ・ディランとは正反対の位置に居るような音楽を作る印象があったので、当然この曲も陽水独特なメロディーで歌われたモノだった。よって、ますます友部正人=日本のボブ・ディランなのが理解出来なかった私だった。

こりゃあ本人のアルバムを聴くしか無いな…と、各地のレコード店を探したのだが、友部正人のレコードとは結局出会うコトが無かったのだった。まぁ、そこまで真剣に探し回った訳ではないので、近所の店くらいしか探して無かったのだが…。

'90年代に入ると、URCの復刻版CDが出るようになった。フォークソングと言えばURCである。そしてホームページと言えばURLだがこっちは関係ない。とにかくこのチャンスを逃す私では無かった。急いでレコード店へと入り、そしてとうとう手に入れたのが今回のタイトル『一本道』が入ってる『にんじん』だった。ジャケットは見て解る通り爺さんである。この人は友部正人ではない。

アルバムの中の曲は、唄とギターとハモニカという至って単純な演奏となってるのだが、これが実に重たく感じるのは時代背景も関係しているのだろうか?つまり詩が重いのである。パッチリした目でなかなかのハンサムな顔立から想像していた内容とは程遠く、プロテスト・ソングのオンパレードなのである。ここで私ははじめて彼が日本のボブ・ディランと呼ばれている意味が解った。

アルバム3曲目に入っている『乾杯』って唄(っているか語り)があるのだが、これは浅間山荘事件のコトを歌っている。いや、歌っているのは事件そのモノではなく、そのニュースを見て受け取る庶民の反応とでも言ったら良いだろうか?マスコミが流すドハデな情報を鵜呑みにして、肝心なトコロまでを考えようとしない者達への怒りを歌っているのである。これは浅間山荘事件に限らず、いつの世もニュースはそんなモンでしか無いのだ。北朝鮮拉致事件も、小学生同級生殺害事件も、全部マスコミが情報操作して、この事件はこう見ましょう。この人が悪者です。この人に同情しましょう。これが原因なのです…って教えてくれる。さらには、こんなコトに気を付けましょう!だって?バカか?書いてて私まで腹立って来た。

さて、今回のタイトルになった『一本道』。この詩の深いトコロまでは私には理解出来なかった。なんとなく学生運動の終わりを物語っていると解釈しているのだが、それもどうなのか定かでは無い。しかし、この唄はそういった時代背景が無くても普遍的なモノを感じられる唄です。解らないまでも、胸に突き刺さる唄です。是非聴いてください。