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0037 「いちご白書」をもう一度 (2004/7/20)
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| 前回に引き続き、関西出身のフォークの人である。関西フォークという言葉もあるけど、それよっかちょっと新しい印象だわな。今回はバンバンである。
最初、このグループを見た時はとにかくその顔に驚いてしまった。なんと言うか…ライオネル・リッチを白くして横に引き延ばしたようなその顔に「牛か?」と思ってしまったからである。ラジオでしか知らなかったその歌声からは想像も付かないインパクとだったのだ。いや、顔の話は私も人のコト言えた義理じゃ無いのでヤメよう。…しかし、凄かったぞ。 ギターを弾き始めた私が最初に覚えた歌というコトもあり、コード進行などはかなり影響を受けたと自覚がある。なんかっちゅうたらAmからEmに行ってAmに戻り、そしてF行ってE7sus4でE7…。これでいくつ歌を作ったか知れない。パクッてパクッてパクりましょう!の私だった。いや、メロディーはちゃうからネ(笑)。でも、基本になってしまったのは言うまでもない。 荒井由美(現在の松任谷由美)の唄は、当時決して好きじゃなかったんだが、この『「いちご白書」をもう一度』で一発で認めてしまった私だった。それ程、私にとってこの唄は胸に来るモンがあったのである。それは何だったのだろうか? この唄は時の流れを歌っている唄であり、一つの時代の終わりを受け入れる唄でもある。その辺が私は弱かったのかも知れないな。心の中では鮮明に記憶しているのに、それがもう何処にも無い現実とのギャップに弱いのである。例えれば、それは失恋の悲しさにも似ているかも知れない。または、死んでしまった人との思い出に近いかも知れない。 この唄に出て来る『いちご白書』というのは1970年の洋画である。1960年代の学生運動(学生抗争)を描いた作品で、映画の中では『サークル・ゲーム』という唄が使われていた。日本でもその頃は学生運動花盛りで、同じようなデモや学生集会があちこちで行われてたのである。しかし70年代に入ると共に、その勢いはドンドン無くなって行き、バンバンの唄が流行る頃には、その影はすっかり消えてしまっていたのである。 私より3つ上の森という男は、自分も高校を卒業したら学生運動をするようになるんだろうな…と漠然と思ってたらしい、しかし彼も私と同じでその年齢になった頃には学生運動は無くなっていたのだった。だから、私の世代は学生運動を知らないで育った世代なのである。いや、別にドカヘル被ってタオルで顔を隠し、角材持って機動隊とドンパチしたかったのではない。そうなると思ってたモノが無くなっていたという話である。
しかし、まさに学生運動に身を投じてた学生達がその後どうなってしまったのか?と言うと…。彼等もまた、普通の人になって社会に戻って行ったのだった。学生運動って一体なんだったのだろうか? 就職が決って髪を切ってきた時 私は今も髪を伸ばし髭を生やして、彼等が好きだったフォークを口ずさんでいる。彼等が何をしたかったのかはもうどうでも良い。でも、確かに私の中に彼等は種を蒔いていったコトだけは確かである。 |