0038 夕陽を追いかけて (2004/7/27)
チューリップを初めて知ったのは、中学に入った頃だった。当時『ベスト30歌謡曲』っていう音楽番組があって、司会はキンキンこと愛川欽也と五十嵐じゅん(現在の五十嵐淳子で中村雅俊さんの奥様)とが、毎週枕で「僕達は何コンビ?」「ジュンキン・コンビ!」とか下らないコトを言ってた。しかし五十嵐じゅんファンだった私は毎回この番組を見ていたのである。初めて芸能人に恋をしたのは、おそらくこの五十嵐じゅんが初めてだったに違い無い。いや、ホント可愛かったんだってば。あややなんか目じゃないネ。うん。

…って、何の話してんだ!チューリップから話が逸れてしまったな。とにかく、この『ベスト30歌謡曲』ってので一位に躍り出てきたバンドがチューリップだったのである。後に吉田栄作もカバーした『心の旅』が最初にヒットした瞬間だった。その後『銀の指輪』などのヒットも出たんだけど、なんとなくGSの流れのような感じがして、自分の好きな音楽では無いように感じ興味は一旦遠のいてしまった。

次に彼等が気になり出したのは高校に入ってからだった。友人がチーリップのアルバム『日本』ってのを持って来てくれたのが切っ掛けだったと思う。そのアルバムは数回しか聴いていないので、ちゃんと覚えている訳では無いのだけれど…。また、収録されている曲も決してメジャーなモノじゃなかったんだけど、何て言うか…逆に自分達の唄ってのを持ってる人達なんだと感じるアルバムだった。後に、それが財津和夫の思想って言うか、スタイルなんだと気付くのだが…。

私は知り合いからチューリップのアルバムは聴かせてもらったりしてたが、個人的にはシングルの『ぼくがつくった愛のうた』しか買っていない。この唄だけ何で買ったのかって言うと、ラジオで聴きながらボロボロ涙が出て来てしまったので買ったのである。私は泣かされたら潔く負けを認めて、その唄の価値を認める人なので『ぼくがつくった愛のうた』には惨敗だったのだ。しかし、正直言うとチューリップにはその後二回もまた負けている。同じシンガーに何度も負けるコトなど滅多にないのに、チューリップ…いや、財津和夫には何度も負けてしまった私である。

次に負けたのは、その唄が発売されてからず〜〜〜っと後だった。20歳で失恋した時に頭の中で蘇って来て、とうとう頭から離れなくなってしまったのが『青春の影』だった。彼女との暮しよりも自分の夢を追ってしまった自分。唄の歌詞とは正反対の結論を選んでしまった自分に、その歌詞は重く重くのしかかって来たのだ。何度、この唄を歌いながら涙流しただろうか…。マジで心えぐられる唄だった。

そして次に負けたのは、今回のタイトルにさせてもらった『夕陽を追いかけて』だった。3年前に親父が死んだ時、ずうっと頭の中で流れていたのがこの唄だった。離れて住んでいて、久しぶりに里帰りしたその一ヶ月後の出来事だった。

♪いつからだろう 父は小言の
 たった一つもやめてしまっていた…

小言どころか、もう声さえも発するコトが出来ない骨になってしまった親父。納骨が終わった晩、1人で風呂に入りこの唄を口ずさんだのだけど、この部分だけが何度歌おうとしても声にならなかった。