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0043 真夜中すぎの恋 (2004/9/28)
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| まぁ、とにかくこの人達が出て来た時はびっくりしたな。なんせ自分がその時一番求めてた音楽に近かったから、これにハマらん筈がなかった。それは、同世代の人達にも言えたコトで、だから一頃あんなにもてはやされたんだと思う。今日はその人達、安全地帯について書いていこうと思う。
あおっちこっちで書いてしまったので、この話はもう何度目かなのだが、安全地帯のヴォーカル玉置浩二との出会いは衝撃的だった。親友の木内と一緒に大阪城ホールに井上陽水のコンサートを聴きに行った時だった。まだ無名だったバックバンドのコーラスの男が、あの声が楽器みたいな陽水の声をしのぐ声量で、完璧に食ってしまっていたのだった。「誰や?あれは誰なんや?」私と木内はこの声にすっかり魅了されていたのだった。 因に大阪城と言えば20歳の頃、当時付き合ってた彼女と登り、途中の石垣の上でアオカンやった経験があるが、今回の話とは何ら関係ないコトを付け加えておく。いやいや、若いってコトは見境無いですわな。あっはっは…。いや、アオカンの話はこっち置いといて話を戻そう。 井上陽水のコンサートからしばらくして、安全地帯がテレビに出ているのを見た。しかし、この時の印象は驚きではなく、「やっぱ出て来たか…」という当たり前の予感が当たったという感じだった。このヴォーカルが世に出ない筈はない。そう直感で解ったからである。 歌っていたのは『ワインレッドの心』だった。陽水の詩に玉置の曲がマッチしてて、新しい世界がそこにあった。そしてそれは冒頭で述べたようにまさしく私が求めてた音楽だった。青臭くなく、しかしアダルトでもない、その唄はみるみるトップへと躍り出ていった。そして、それもしごく当然な流れのように見てたのだった。
この時期、80年代初頭となるが、この頃のファッションってのがまた面白かった。妙に肩幅張ったパット入のジャケットに、髪の毛を逆立たせて前髪を下ろし、男が化粧し出したのもこの時代からだった筈だ。この時期に、テレビで歌ってたのは、吉川晃司・BOφWY・バクチク・Xジャパン・CCBなどだった。このファッションのルーツはMTVでお馴染みだった、デヴィッド・ボウイやプリンスやトーキング・ヘッズやブライアン・フェリーなどだったのだろうな。現在のビジュアル系の走りになるのかも知れない。異論が出そうな名前も出したが…。 さて、今回のタイトルに使った『真夜中すぎの恋』は私が彼等の曲の中で一番好きな唄である。って言うかカラオケでこればっか歌ってたんだわさ。なんかノリが良くてネ、声もよく出せる唄だったので、気に入ってしまったんだろうな。 当時、あんなに良い唄を歌ってた安全地帯だが、路線を途中から変更してしまった。しかし、それも最初から予想出来たコトだったので、『悲しみにさよなら』が発売されて、皆がブ〜ブ〜言ってた時も、私は彼等の流れを静かに見ているだけだった。あのパターンが永く続く筈がなかったのである。激しく心踊らせられるモノはいずれ色褪せて行く…。それは安全地帯に限らず、流行歌を歌う者には逃れられないコトだったんだろう。 そう、アオカンの彼女と私との関係が長続きしなかったように…。 |