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0061 個性 (2005/04/05)
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| 好きな歌手の音楽を聴き、ギターを手に入れ弾けるようになり、オリジナルの唄まで作れるようになると、ふと考えずには居られなくなる壁にぶち当たるようになる。おそらく、それは「個性って何だろう?」ってコトじゃなかろうか?
元々、特殊な声を持った人や、奇抜な曲や詩を作れる人なら、そういった悩みは湧いて来ないかも知れないが、殆どの人が次の段階に上がろうとする時、この壁が邪魔をするのである。では、個性とは何なのだろうか?また、個性を得るにはどうすれば良いのだろうか?今回は、その辺を一緒に考えて行きたいと思う。 そもそもココまで来れる人は、ある程度器用な方だろうから、逆にその器用さが『××風』になってしまいがちなのである。これでは、好きな歌手のモノマネの粋から出るコトが出来ず、個性を持てない自分に悩み出す…。 話はまったく変わるが、ここで今までの私の話を聞いて欲しいと思う。いや、音楽の話では無く、絵の話をさせていただこうと思っているのである。なんで音楽の話で絵やねん?と思う方も居られるかも知れないが、わたしゃ絵描きなので言えるコトっちゅうたら絵の話になるんだ!文句があっても我慢して聞きなさい。 前にも、他所で書いたコトがあるんだが、私はとってもマンガの上手なお坊っちゃんでした。品良く愛くるしい顔立ちから来る印象そのモノの、品の良い愛くるしい絵を上手に描けた訳です。また、模写(マネして描くコト)も長けており、その表現方法はドンドン広がって行った訳です。しかし、やはりココで壁にぶつかるのです。そう、それには私にしか描けない独特の個性が感じられず、ただ単に何処かで見たような絵を描けるようになってただけでした。 私は考えました。もっともっと色んな人の絵の特長を取り入れて、一つ一つの癖を薄めて行こうと、そうしていくうちに自分の絵柄が決まって来ると思ったのでした。しかし、それはどうやら間違いだったようです。さらに私の絵は色んな絵描きのエエトコ取りしたパッチワークのようなモノになっていってしまったのです。私はさらに悩むようになりました。 横を見ると、コレしか描けないと言ってた不器用なライバルが着々と技術を磨き、自分の絵を完成させて行く中、自分だけ取り残されたような気持ちでいっぱいでした。ますます焦り出したコトは言うまでもありません。この時期をシュンロー『青の時代』と名付けました(嘘)。この世界に入ったのは間違いだったんじゃないか?と何度考えたコトか…。趣味でやってりゃ良かったのにと何度思ったコトか…。しかし、もう後戻りは出来ません。廃水の陣でココまで来た私は、他に何も取り柄が無かったのです。
追いかけているうちには見向きもしてくれなかった女性が振り返ってくれるのを感じるコトがありますが、個性に関しても似たようなコトが言えました。背伸びして、カッコつけて、追いかけてた時には表現出来なかった自分が、やがて少しずつですが顔を出すようになって来たのです。模写だった、人の仮面だったモノを外した時、自信の無い自分の素顔を晒した時に、その女神は微笑んでくれたのでした。こうして、ピノキオは大人になり…って、ちがう!とにかく、ぜい肉を全部取っちゃった時に現われた自分…。これこそが個性だったと私は気付いたのでした。 もしかしたら、その個性はもうずっとずっと前に気付いていたのかも知れません。でも、その小さく見える自分の本当の姿を自分だと認めたく無かったのだと思います。個性を出す!これは間違った言い方です。個性が出てしまう。これが正しい言い方なのでしょう。個性は作るモンじゃありません。作りモノだといずれそのメッキは剥がれます。本当の自分を見つけ認めてやるコト、これが個性を前に出す一歩なのだと私は思う訳です。 長くなりましたが、私の絵の話はココまでです。そして、唄に関しても絵で私が辿ったコトが言えると思うのです。壁にぶち当たってるあなた!どうか振り返って自分を見つめてください。答えは他所では無く自分の中にあります。(聖パウロの言葉より(当然嘘)) ●今週のワンポイント・アドバイス! |