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それは、去年の末の話でした。私は、幼い頃住んでいたS県に来ていました。
小学1年から中学3年まで時を共にしたその地は、すっかり姿を変えてしまってました。田んぼのなかをバイパスが走り、今っぽい建物があちらこちらに建ち、すっかり変わっていました。それでも湖畔の松林は昔のままで、しばらく湖を眺めながら、思い出に浸っていました。
『昔ここには、養魚場があり、ジャンプと一緒に遊んだなあ......』
ジャンプ(小4の頃飼っていた雄犬)雑種の中型犬で、おとなしく、勇敢だった彼のことを思い出すたび胸が痛むのです。その痛みは、あれから20年以上たった今でも新鮮に蘇るのです。あのとき、私がクサリを放していなかったら.....。ジャンプは近所のスピッツとケンカをし、それを止めに入ったスピッツの飼い主のおばあさんの手を誤って噛んでしまいました。血も出ていない手に丁寧に包帯を巻き、近所中に、あそこの犬は狂犬病だと言いふらした後、怒鳴り込んできたのは、その日の午後でした。
私の両親は考えた末、ジャンプを捨てに行くことに決めました。私は母と残され、クルマには父と妹が乗っていきました。気丈な母の涙を見たのは、この時が初めてでした。ジャンプは走り去る自動車のあとをいつまでも追いかけてきたそうです.....。
湖を後に帰ろうとする私の目に一軒の家が映りました。その家は、当時(ジャンプを飼っていた頃)メリーというジャンプと仲の良い雌犬が飼われていました。ジャンプとメリーの間には3匹の子犬がいました。でもあれから20年も過ぎているわけで、住んでいる人も、引っ越されているはずで.....
私は、思わず立ち尽くしました。その家には2匹の犬が、つながれていました。
その1匹はメリーにそっくりの雌犬で、そしてもう1匹はジャンプにそっくりの雄犬でした。2匹は、とても人なつっこく私にすりよってきす。彼等のその頭を撫でながら、私はまたあの<痛み>を思いだしたのでした。---私は、この2匹の親を捨てた......。
彼等が、はたしてジャンプの子孫だったのかは、飼い主が留守だったので残念ながらわかりませんでした。でも、きっとそうだと信じて、私はS県を後にしました。
去年の夏、私にも子供が生まれました。男の子と女の子の双子です。私が仕事上家にズーッと居るせいかよくなついて、私も”親馬鹿チャンリン”しています。
---私は、この2匹の親を捨てた......。
犬は、愛情の深い動物と聞きます。ジャンプには3匹の子供と愛する女がいました。そして、毎日逢いに行ってました。私は、何もできませんでした。
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