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今回はK氏について書いてみようと思う。
彼とは小学生のころからの幼馴染みで、もう25年来の親友なのだが、一時一緒に住んでいたことがある。と、言っても元々は私が借りた部屋だったのだが、押しかけられた訳である。当時私は、大阪の矢田という所に部屋を借り、南森町のデザイン事務所でイラスト描いている、しがないイラストレーターであった。片やK氏は古市という所に間借りする芸大生であった。何度か、遊びに行ったことがあるが、そりゃあもう酷い部屋だった。いや、建物自体は新しく奇麗だったのだが、服はそこらじゅうに脱ぎ散らかしてはあるわ、洗い物は溜まってるわ、ゴミは捨てずに散らかってるわ、布団をめくればタコ焼の喰いさしは出てくるわで「もうこれ以上は汚せませ〜ン!」と、いった部屋だった。後にその『夢の島野郎』が、まさか自分の部屋に居着いてしまうとは、この時の私の頭には浮かびもしなかった。
が、Kはやってきた。聞けば、大家と大喧嘩したらしい。
「いやあ、おまえには面倒かけるけど、まあ3週間位で次の部屋見つけるさけ、しばらく泊めてくれ。」
強引に彼はそう言って、その後3年間、私の部屋に居座った。私の部屋が、夢の島になってしまったことは、お分かりだろう。
しかも、彼が専攻していたのが『陶芸』で、私の部屋はさらに、畑の様になってしまった。例えば、私がコーヒーを入れて飲もうとするとスプーンが無い。「どこ行った?」と探していると、ホイとKが粘土の中からスプーンを取り出す。「何で、そんなとこにあるねん!?」私が怒って聞くと、平気な顔で「スマン、”へら”に使ったねん。」こんなことが毎日になり、私は部屋に寄り付かなくなった。別にこの部屋でなくても、泊めてくれる友人はいたし、寝るところぐらいは結構あったのだ。と言うよりも、自分の部屋に布団が敷けなくなってしまったののが本音である。そして、一月ぐらい経っただろうか、自分の部屋に戻ってきた私に向かって彼は、事もあろうに「いらっしゃい。」と、のたまった。その後、彼の部屋になってしまったことは、言うまでもない。
私は、『家なき子状態』のまま、大阪じゅうをさまよったものである。
その後、彼も大学を卒業して、私も部屋を引き払い、住まいを今の神戸に移したのだが、ここでも又、転がり込んできた奴がいて、やはり私物化されてしまった。それが、私の妻である。そして最近では、双子の赤ん坊に、時間までも乗っ取られてしまっているのである。(ほのぼの落ち)
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