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小さい頃、玩具はまだゼンマイ仕掛けのモノが多かった。ネジを巻くと走り出すクルマや、ネジを巻くと動き出す人形、ネジを巻くと火花を散らして歩き出すロボット等など…。様々な玩具がゼンマイで動いていた。子供心に「どうなって動いているのだろう?」と興味をそそられない訳が無い。いつしか分解され、組み立てられなくなった玩具が部屋に散乱しては、私はゲンコツを貰った。
ゼンマイよりも上等に思えたのは電池で動く玩具だった。電池で走るスポーツカーや、電池で動き出す人形、電池で火花を散らして動き出すロボット。それらはゼンマイ仕掛けの玩具よりもずうっと上等に見えた。しかし、やはり分解して組み立てられなくなってゲンコツを食らった。しかし、そうやって玩具の仕組みを覚えていったのである。
ところが昨今の玩具と来たらどうだ!中を開けても仕組みなんか解らん。なんや基盤の上に意味不明なチップなんかが刺さっている。昔ラジオの蓋を開けて垣間見たそれと変わらんではないか。これじゃ、どこがどう動いて何がどうなるのか皆目見当がつかないのである。そんな訳で最近の玩具は分解するに値しない物体になってしまった。
それなのに、ああ、それなのに、子供達と来たら何の疑問も抱かずに玩具で遊んでいるのである。基本的なコトは全然知らん奴がパソコンを自由に使いこなして、インターネットでエロ画像を拾いまくっている奴と同じじゃないか(私だ!)。
さっきのラジオで思い出したが、妹が幼かった頃。テレビの中にはいっぱい人が入っていて、その人達がいろんなコトをして見せてくれると思ってたらしく、「テレビの中の人は、もう外には出られないの?」と聞いたコトがあった。そういった如何にも子供らしい疑問を問いかける子供は当時はよく居たのだが、昨今の子供達はどうなのだろうか?
当たり前のようにスイッチを入れて、当たり前のように遊んでいるように感じて仕方が無い。そして、それは何か肝心なトコロを抜かして次の段階に行っているような心配さえ感じてしまうのである。今の子供が昔の子より劣ってるとか言いたいわけでは無く、そういう風に導いてしまった大人に問題があるのだ。
壊してしまった時に、何が原因で壊してしまったかを知るのと知らんのでは大きな違いがある。それは玩具に限らず、友情だって、恋愛だって、家庭だって…何でもそうだ。それらが壊れてしまった時、何で壊れたのか解らないんじゃ、その先どうしようも無いじゃないか。複雑になりすぎてしまい、説明しずらくなったモノを『大人の事情』で片付けるコトは良くある話だが、本来決して良いコトではない。
何事もシンプルにしておくよう心掛けるのが一番なのかも知れない。何故なら、ネジを毎日巻くだけで生き続けるし、もし壊れてしまっても、ゼンマイ仕掛けの玩具くらい今なら治す自信は持っているから…。
(シュンロー)

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