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第一章 有田はいつどうして出来たか
(五)李参平のことについて
 今日では泉山白磁砿発見者は李参平だというのが定説になって不動である。だが、鹿児島での韓人陶工の子孫である沈寿官氏が当時の朝鮮には唐臼はなかった。それなのに有田では李参平の時代に生まれている。従って李参平は中国人ではなかったかと言うのである。又、最近では有田ケーブルネットワークの西山峰次氏は陶磁全集の解説の中の左の一文を取り上げている。即ち「連房状階段式登窯の遺構が、未だ韓国では発見されないことは、通説のように天狗谷など有田の諸窯が、はたして李朝陶工によって築かれたものであるか疑問を残すのではないかと思う」と。

 又、福岡の泉満氏はその「新李参平物語」の中で、二十才の若さで陶工達のリーダーになったということからして李参平は韓国では両班(李朝で文武の官僚に任ぜられた特権的身分。
文官は東班、武官は西班とに分けられている)ではなかったかという説を言い出している。だが、この説については韓国側で調査した結果、彼が両班であったことは否定されている。

 右の諸説を綜合して一つの仮説が生まれる。彼が日本に渡来して来た時は二十才であった。両班という身分ならともかく一賎民がその若さでリーダーになったということ。又、当時の韓国には製土用の唐臼も、焼成用の連房状階段式の登窯も存在しなかったのに、彼は有田でこれらの設備を実現しているということ。それに鶏竜山付近にはまだ磁器は生まれていなかったと思われるのに、彼は多久や乱橋付近の陶器原料には満足しないで磁器原料を追及して止まなかったこと。又、柿右衛門家文書に五郎七が川に流れる明礬で磁器石の所在が分かったとあるが、この人物は果たして五郎七だろうか。

これらのことから李参平は当時世界で最も進んでいた中国の製陶技術を習得し、磁器の良さはもとよりその成分まで十分に知っていたからこそ、泉山の石場を発見し得てそれを唐臼や登窯で活用することが出来たのであろう。そして、このような技術を持っていたからこそ二十才の若年で賎民の身分でもリーダーになれたのではなかろうか。

 「肥前陶磁史考」によれば、景徳鎮で陶技を習得した者が石場を発見したという二つの説があるという。一つは、祥瑞の孫という五郎太夫が文禄三年(一五九四)十八才の時期に渡って二十三年も留まり、元和二年(一六一六)四十才の時帰朝したとある。

 一つは、永正八年(一五一一)伊勢国(三重県)の人伊東五郎太夫祥瑞が遣明使に従って景徳鎮に行き、製磁の法を習得して同十年(一五一三)帰朝したとある。
即ち祥瑞は景徳鎮に二年間居たことになる。

 前説の文禄三年は休戦の年である。五郎太夫と同一人と思われる高原五郎七は加藤軍に従軍していた豊臣の家来で、その時当然引揚げたとしか思えない。若しこれが韓人であれば、明軍の引揚げの時に同行していても自然であろう。

 その二年半後の慶長二年(一五九七)一月には再び戦争になって、又も明軍は韓国救援に出動している。その時先の韓人が明軍に従って帰国したとすれば、景徳鎮に居ること二年余りだから後説の年と合致する。前説では景徳鎮に二十三年居て元和二年(一六一六)に帰国したとある。柿右衛門家文書では五郎七の泉山発見は翌元和三年となっているが、この五郎七こそ実は李参平の仮の名ではなかったかとも思える。

 この人物の景徳鎮居住は前説で二十三年、後説で二年だからその差約二十年間は、李参平が鶏竜山に帰って、その翌年鍋島軍に従って伊万里に上陸、佐賀と多久に十八年を過ごして石場を発見するまでの間に相当する。

 こんなふうに考えると、泉説のように両班でなくともその技術でリーダーになれたし、唐臼や連房状階段式登窯については景徳鎮で習っている筈だから、沈寿官氏の中国人説も問題でなくなる。それに磁器に対する知識と異常とも言える執念も理解出来る。

 この十月十五日に多久で開かれた李参平についてのシンポジュームに参加した、朝鮮の歴史に明るい作家の角田房子氏は、賎民に過ぎない一陶工が当時の王朝の姓である李を名乗ることはあり得ないと言う。だが、これもこの陶工が中国に渡った証になろうかとも思う。
というのは、明軍又は景徳鎮では姓がなくてはおかしいと言うので、韓人の代名詞という意味で王朝の姓の李を便宜的に参平に名乗らせたのではなかろうかと想像出来るからである。

 又、前説の五郎太夫との年令差は、文禄三年に五郎太夫十八才、李参平十六才だから、僅かに二才である。このくらいの年令差は当時では問題ではない。

 祥瑞や五郎七が作ったという南京手の焼物は実は明国からの輸入品であって、祥瑞というのは、その器の由来を宣伝するために創作された架空の人物に違いない。中島浩気は、祥瑞の有田での足跡を求めて肥前の各山を巡歴したが、全然見当たらなかったとその著に書いている。正に夢の人物である。

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