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| 詩 有田皿山にて | 蒲原有明 |
| 真昼時。日は照り盛る 南国の磁器の町なか。 一人行く旅の物憂く、 精魂も竭(かわ)きぬる熱さ。 煤ばめる窓をあふげば 工女にや、差し出す暗き顔ばせ。 その目(まみ)のをののけるを見て、 堪ふまじく哀れと思ふに、 気も失せて弛(たゆ)く響くは、 礦(いし)を舂(つ)く碓(うす)のからくり。 時を隔き、また時を隔き、 川中にことりと音す。 なほ行けば通りすがりの 旅人の眼をも奪ふと、 隣り合う店棚のうち、 さまざまの器の形、 うづくまり、或はたひらに、 数そろへ、頭(かしら)ならべつ。 |
奈良茶碗堆(うづたか)く、 鉢、小壺、犇(ひし)めけるそが中に 花瓶(はながめ)は驕(おご)り艶(つや)めき、 酒坏(さかづき)はつつましく笑み、 おのがじし適(かな)へる姿、 白玉(はくぎょく)の磁器の膚(はだへ)に 染み匂ひ、物をやおもふ、―― 丹(に)の色の歓楽の夢、 哀愁の呉須(ごす)の唐草。 静(しづ)もれるその生命(いのち)をば 愛(め)でつつも、われや感(かま)けし、 いつしかに、胸にも迫る 寂しさの払ひがたなき。 日盛りの南国の町 斎(い)み籠(こも)るけはひも著(し)るく、 蛭子(えびす)神彫(え)りて立てたる 標石(しるしいし)、ただ、黙然として、 人気なき衢(ちまた)をば往(ゆ)きつ還(もど)りつ、 玄鳥(つばくらめ)しきりに飛びぬ。 |
| 呉須のにほひ | |
| 日の熱さ、−こは南国の真昼どき、 烈しき土の 燃え黄ばみ、眼を射るかげに、 浮びぬる蒼白きほほゑまひ。 疲れてあはれ 精魂も尽きぬる熱さ、− 南国の磁器の町の香、うつたへに、 眼より指より膚より染々と流れ入る。 しかすがに燃え黄ばむ土のくるめき、 夏の日のい照るが中に ほのかなる影をまじへて、 つばくらめ、 音もなくひるがへす 紫紺のつばさ。 礦を舂く水車のひびき、 時を隔き、−見よ、青空にわきのぼる かの灰色の雲の暈。−また時を隔き、 物うげに鈍くひびくよ。 |
おぼゆるはあきなひの 町なかに人の世の旅の寂しさ、 煤ぐろき窓にうかびて 皮肉なる工女のおもの まなざしのくらきおののき、− またも見る蒼白きうすわらひ。 かくて今、−たちかへり、 また、たちかヘり、 青もなく飛びちがふ つばくらめ。− かくて今、何故に、かくぞとは思ひわかねど、 われは聴く、花がめに、 盞に、つやめき照らす釉薬、 琺瑯の肌に溶け入り、 染み透る愁ひの麝の香、 歓楽の夢にまじはりしめやかに、 いとせめて、熏りあふ呉須のにほひを。 (二つの詩とも「定本蒲原有明全詩集」より) |
有田陶磁美術館の壁面にある有明の詩「有田皿山にて」については、これまで有田では「呉須のにほひ」という題だけを改めたように説明されてきました。 |
しかしほんとうは、内容もまた全体的に改められていることか別掲の二つの詩から分かります。 有明研究の第一人者であった矢野峰人は、「初稿のままであった作品は皆無といってよい。有明の作品を研究する者は各版にわたって異同を考究する必要がある」といっています。 有明自身も昭和3年に出した「有明詩抄」の自序で「言葉を深く究めれば究めるほと詩の内答は豊富になって来るという考えから、機会あるごとに旧作を改めて来た」といっています。「有田皿山にて」もその一つで、明治41年に佐賀から帰京した直後は「呉須のにほひ」を作り、昭和3年刊の「有明詩抄」で表題・内容ともに全面的に改めて「有田皿山にて」としたとみられます。 |
| ところが昭和13年版の「有明詩抄」(第8版)を見ますと、「有田皿山にて」の詩句の一部がさらに次のように改められています。 2行「南国の磁器の町なか」を 「南国の陶器の町」 24行「白玉の磁器の虜に」を 「琺瑯の膚に染みて」 25行「染み匂ひ、物をやおもふ、−」を 「匂ひぬる、はた物思ひぬるは、」 |
28行「静もれるその生命をば」を 「陶器の生命愛でつつ」 29行「愛でつつも、われや感けし」を 「いつしかに感けやしつらむ」 30行「いつしかに、胸にも迫る」、を 「倦じたる胸にも迫る」 |
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